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空白の弾丸  作者: と゚わん


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告解室の悪魔と、暴かれた福音

「……枢機卿の名は、ジュリアーノ。この国の宗教界の頂点に立つ男です」


『遺品商会・鴉』の湿った空気の中で、聖女ミシャは震える声で告げた。 その手には、俺が淹れた熱い紅茶が握られている。 彼女はもう泣いていない。その瞳には、かつて「操り人形」として見せていた虚ろな光ではなく、明確な敵意の炎が宿っていた。


「彼は大聖堂の最深部、『沈黙の聖域』に引きこもっています。そこは歴代の聖人たちの遺骨が安置された地下迷宮で、彼自身が張り巡らせた何重もの結界と、最強の異端審問官たちによって守られています」


リリアナが地図上の大聖堂の地下部分を指差す。


「物理的にも魔法的にも要塞ね。正面から攻め込めば、たとえ軍隊でも全滅するわ」

「俺一人なら潜入は可能だ」


俺は愛銃のメンテナンスを終え、スライドを引く音を確認しながら口を挟む。


「だが、暗殺したところで『殉教者』にされるだけだ。奴が死んでも、教会組織が『聖女を誘拐した異教徒によるテロだ』と発表すれば、国民の洗脳は解けない。……逆に強化される」


「ええ、その通りよ」


リリアナはニヤリと笑い、一枚の図面をテーブルに広げた。 それは大聖堂の尖塔内部の構造図だった。


「だから、今回は順番を変えるわ。……殺す前に、『殺す理由』を国民全員に理解させるの」


彼女が指差したのは、尖塔の最上階にある巨大なクリスタルの装置だ。


「【福音の共鳴板(ゴスペル・レゾネータ)】。 祝祭の日に、聖女の祈りを王都全土へ拡声するための超大型魔導具よ。 ミシャ、あなたならこれを起動できるわよね?」


ミシャは息を呑み、そして強く頷いた。


「はい。……私の声なら、王都の隅々まで届きます」

「決まりね。作戦名は『公開(パブリック・)告解(コンフェッション)』よ」


リリアナの目が悪戯っぽく、しかし冷酷に輝く。


「ミシャが共鳴板を使って、自分に加えられた拷問と洗脳の事実を、全市民に向けて生放送で暴露する。 洗脳が解け、民衆が動揺すれば、教会は大混乱に陥るわ。 ……その隙に、慌てふためくジュリアーノ枢機卿の喉元に、グレイが噛みつく」


「パニックに乗じた強襲か。悪くない」


俺は立ち上がり、コートを羽織った。 聖女誘拐からまだ数時間。 教会側は「犯人は遠くへ逃げた」と思い込み、王都の外へ捜索隊を出しているはずだ。 まさか、誘拐された聖女が自ら戻ってきて、自分たちの喉元に刃を突き立てるとは夢にも思うまい。


「行くぞ。……神の代弁者が本当は誰なのか、教えてやろう」


          ***


深夜の王都。 大聖堂は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。 だが、その静寂は嵐の前のものだ。 内部には殺気立った異端審問官たちが徘徊し、血眼になって侵入者を探している。


俺たちは地下水道を経由し、再び大聖堂の敷地内へと侵入していた。 今回のルートは地下ではなく、空だ。


「……高いな」


俺は尖塔の外壁に張り付きながら、眼下の夜景を見下ろした。 風が強く、コートがバタバタと音を立てる。 背中にはミシャを背負っている。彼女の体重は軽いが、風に煽られる恐怖でしがみつく力が強い。


「こ、怖いです……グレイさん……」

「下を見るな。神様にお祈りでもしてろ」


俺は石造りのガーゴイル像に足をかけ、身体能力だけで垂直の壁を登っていく。 魔法使いなら【飛行】や【浮遊】を使う場面だろう。 だが、それらは魔力探知の網に引っかかる。 頼れるのは、己の指先の力と、靴底の摩擦だけだ。


『……あと10メートルよ。見張りはいないわ』


リリアナの声がナビゲートする。 彼女は地上の馬車の中で、ハッキングの準備を整えている。


俺は最後の出っ張りに手をかけ、尖塔の最上階にあるバルコニーへと乗り移った。 そこは鐘楼のさらに上。 巨大な水晶の板が設置された「放送室」だ。


俺はミシャを降ろし、扉の鍵をピッキングで開ける。 部屋の中には、複雑な魔導回路が刻まれた祭壇があった。


「……ここです」


ミシャが祭壇に駆け寄る。 彼女は深呼吸をし、震える手で水晶に触れた。


「接続します。……リリアナ様、回線のジャックをお願いします」

『了解。……教会のセキュリティ、ガバガバね。30秒で掌握するわ』


リリアナの軽快なタイピング音が聞こえてくるようだ。 俺は入り口の扉を閉め、閂を下ろした。 そして、愛銃を構えて扉の前に立つ。 放送が始まれば、異変に気づいた審問官たちがここへ殺到するだろう。


「ミシャ。放送時間は?」

「すべてを話すには……5分は必要です」

「長いな」


俺は苦笑し、マガジンの残弾を確認した。残り19発。 5分間、たった一人で、教会の精鋭部隊を足止めする。 割に合わない仕事だ。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。


「……始めます」


ミシャが振り返り、俺を見た。 その表情は、もうか弱い少女のものではなかった。一人の「聖女」としての覚悟が決まっていた。


「私の声を……本当の言葉を、届けます」


『システム・オールグリーン。……放送開始!』


ブウン、と水晶が低い唸りを上げた。 同時に、王都中の広場に設置されたスピーカー用魔導具が起動する。


深夜の王都に、ノイズ交じりの、しかし透き通るような少女の声が響き渡った。


『……王都の皆さん。聞こえますか。 聖女ミシャです。……いいえ、ただの一人の人間、ミシャとしてお話しします』


その瞬間。 大聖堂の下層から、怒号と足音が爆発的に湧き上がったのが聞こえた。


「放送室だ!」「尖塔だ!」「止めろ! 電源を切れ!」


俺は扉越しに近づいてくる無数の殺気を感じながら、静かに撃鉄を起こした。


「さあ、お喋りの時間だ、お姫様。 ……こっちのダンスパートナーは、俺が相手をしてやる」


最初の足音が、扉の向こうに迫った。 物理vs狂信。 5分間の防衛戦の開始だ。

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