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空白の弾丸  作者: と゚わん


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11/21

揺らぐ王座と、見えざる断頭台

王都の夜は、あの日以来、変わってしまった。 以前まで聞こえていた貴族たちの享楽的な笑い声は消え、代わりに不気味なほどの静寂と、過剰なまでの警備兵の足音が石畳を支配している。


「迅雷」の騎士ジェローム・バルダーの死。 その衝撃は、単なる要人の死という事実を超え、「恐怖」という名の伝染病となって王宮を蝕んでいた。


          ***


王城、大会議室。 重苦しい空気の中、円卓を囲む権力者たちの顔色は一様に青ざめていた。


「……魔力の痕跡は、ゼロだと?」


低い声で唸ったのは、宰相――そしてリリアナの実父である、公爵ベルンハルト・フォン・アイスドルフだ。 冷徹な政治家として知られる彼も、眉間の皺を隠せないでいる。


「は、はい。宮廷魔導師団が総出でコロシアムを捜査しましたが……残留魔力はおろか、呪いの形跡すらありませんでした」


報告する魔導師長の言葉に、王太子アルフレッドがヒステリックに机を叩く。


「馬鹿な! ジェロームだぞ!? あの『迅雷』が一瞬で、剣も抜けずに殺されたのだぞ! 大魔法使いか、あるいは伝説級の暗殺者の仕業に決まっている!」


アルフレッドの隣には、美しい金髪の少女――聖女ミシャが寄り添い、震える彼の手を握っている。 その光景を、宰相ベルンハルトは冷ややかな目で見つめていた。


(……見えない敵。ガストンの事故死も、ジェロームの変死も、繋がりがあるとしたら……)


宰相の脳裏に、かつて追放した娘の顔が過ぎる。 だが、彼はすぐにその考えを打ち消した。 魔力を持たない無能な娘に、これほどの芸当ができるはずがない。


「……相手は、我々の常識の外にいる」


宰相は立ち上がり、冷酷な決断を下した。


「魔導師団は当てにならん。教会に要請し、『異端審問官』を動かせ」

「なっ!? 審問官だと!? あれは狂犬だぞ!」

「毒には毒だ。……『見えない殺人鬼』を狩るには、鼻の利く獣が必要だ」


          ***


一方、スラム街の『遺品商会・鴉』。 俺はカウンターで、いつものように愛銃を磨いていた。 リリアナは、王都の地図に新たな情報を書き込んでいる。


「……城はパニック状態よ」


リリアナが、盗聴用の調律器から拾った情報を整理しながら呟く。


「アルフレッド殿下は恐怖で部屋に引きこもり、父様――宰相閣下は、ついに『異端審問官』を呼び寄せたわ」

「異端審問官?」

「教会の裏部隊よ。魔法使いではなく、薬物や拷問、そして『聖遺物』を使った狩りを行う狂信者たち。……厄介な連中が出てきたわね」


俺は手を止め、スライドを戻した。 敵も本気になってきたか。だが、それは俺たちの存在が「脅威」として認識された証拠だ。


「で、次のターゲットは? 宰相か、それとも引きこもりの王子か」

「いいえ」


リリアナは首を振った。 彼女が赤い瞳で見据えたのは、相関図の中心にいる人物――宰相でも王子でもない、可憐な少女の写真だった。


「聖女ミシャ。……彼女を叩く」


意外な人選に、俺は眉をひそめた。


「あの小娘か? ただの王子の飾り物だろう」

「違うわ。ずっと違和感があったの」


リリアナは写真の少女を指で弾いた。


「私の【魔眼】で、昨夜のコロシアムの映像を解析し直したの。……王子や宰相の周りに、奇妙な『桃色の霧』が見える」

「霧?」

「精神干渉系の魔力よ。……恐らく【魅了(チャーム)】のスキル。 アルフレッド殿下が急に私を婚約破棄したのも、父様が異常なほど強引な手に出たのも、すべて彼女が裏で糸を引いている可能性があるわ」


なるほど。 黒幕は権力者ではなく、権力者を操る「アイドル」というわけか。


「だが、精神魔法なら俺には通じないぞ」

「ええ。だからこそ、あなたが天敵なのよ」


リリアナは不敵に笑った。


「彼女は今週末、大聖堂で『鎮魂のミサ』を行うわ。ジェローム卿の死を悼むための、大規模な儀式よ」

「警備は厳重だろうな」

「鉄壁よ。……でも、彼女は『魅了』を広げるために、必ず信者の前に姿を現す。そこを狙うの」


「殺すか?」

「いいえ。彼女が本当に『黒幕』なのか、それとも誰かに利用されているだけなのか……それを確かめる必要があるわ。 だから、今回は暗殺じゃない」


リリアナは地図上の大聖堂を指差した。


「誘拐よ。……大聖堂の厳戒態勢の中から、聖女を盗み出して」


俺は思わず口笛を吹いた。 王城以上に警備の堅い教会総本山から、国の象徴を攫う。 暗殺よりも数段難易度の高いミッションだ。


「……無茶を言う」

「嫌い?」

「いいや」


俺はホルスターに銃を収め、ニヤリと笑った。


「最高の余興だ。……『見えない弾丸』の次は、『見えない怪盗』か。 いいだろう、ハンドラー。その聖女様を、あんたの前に引きずり出してやる」


スラムの夜更け。 次なる獲物は「聖女」。 物理と知略で、魔法の洗脳を解く時が来た。

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