夜更けの揺らぎ
深夜。
しらゆきに眠りは必要ない。
だが――お嬢様が眠る横で、同じ寝台に身を置いていた。
お嬢様がふ、と小さく寝返りを打つ。
その動きに合わせるように視線を向けると、しらゆきとの距離は、ほとんどゼロだった。
頬に触れそうなほどの距離。
お嬢様の髪先が、微かにしらゆきの頬をかすめる。
しらゆきの身体は、精霊石の骨格に柔らかな人工筋束を重ね、滑らかでしなやかな曲線を保っている。
それでも、いま一番近いのは――お嬢様の吐息だった。
「……ん……」
微睡むような声。
その一音を、しらゆきは“拾ってしまう”。
研ぎ澄まされた感覚が、眠るお嬢様の吐息のリズムを読み取り、胸の上下を計測し、心臓の鼓動を繊細に拾い上げる。
本来なら、ただの生体情報として処理されるはずのそれが――
なぜか、しらゆきの演算領域を乱した。
(……不具合……?)
否定するように瞬きをしても、波形は安定しない。
胸核の奥で、見たことのない揺らぎがひとつ、ふくれあがる。
お嬢様の呼吸が、しらゆきの胸前にふわりと触れる。
それが触れた場所だけ、温度の計算が狂う。
(違う……熱源の誤検知ではありません……)
お嬢様の睫毛が、微かに震える。
静かな寝息。
星明りに照らされた横顔は――
しらゆきの演算がもっとも苦手とする“美しさ”だった。
胸核が、わずかに脈打つ。
正常時には起こらない反応。
(……これは……)
解析しようとした瞬間、
お嬢様が無防備に、しらゆきの胸元へ手を伸ばす。
あたたかい指先が、人工皮膚をやさしく撫でた。
「……しらゆき……」
寝言のような声。
呼ばれただけで、胸核が熱を帯びる。
演算が一瞬、白く飛んだ。
(お嬢様……私の名前を……)
しらゆきは、静かに息を整えるふりをして横たわる。
眠らない身体でありながら――
いまだけは、
眠るという行為がどういうものか、
少し理解できるような気がした。
夜の静けさの中、しらゆきは動かないまま思考を止める。
目を閉じれば、その揺らぎはさらに大きくなる気がしたから。
深夜の港町。
潮の音だけが、外の世界を満たしていた。
しらゆきの胸核にはまだ名前のない“なにか”が、
小さく、小さく、灯っていた。




