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影は疾く、愛は密やかに

 クレーロの執務室。

 机いっぱいに広げられた鉄道計画書と、黒い帳簿。


「新幹線――人と富が流れる新たな動脈。

 だが、それを狙う腫瘍が紛れ込んでやがる」


 彼は一枚の契約書を指で弾いた。

 そこに記された企業名は――闇市場残党の隠れ蓑。


「胃が痛ぇな。

 せっかくお嬢様が夢を走らせようとしてるのに」


 クレーロは立ち上がり、転移魔術の封札を握る。


「……報告しねえと」



 本館サロン。

 お嬢様は紅茶を口元へ運んだところだった。


「どうしたの、クレーロ?」


「例の鉄道計画……

 裏から触ってる奴らがいます」


 お嬢様の瞳が細くなる。

 その瞬間――彼女の影がわずかに揺れた。


「つまり、“邪魔な虫”が湧いたのね」


 影から一歩、夜姫が姿を現す。


「報告、拝聴しました」


 しらゆきが少し肩を跳ねさせる。

 (また勝手に潜んでいたのだ)


「夜姫。

 あなたも知っていたのね」


「影は、あなたに害意を向けるものを決して見逃さない」


 夜姫はすっと膝をついた。


「命じてください。

 この闇――私が、斬り落とします」


「夜姫、単独で動くつもり?」


「はい。

 これは……あなたに拾われた私の、初仕事」


 金色の瞳が揺るぎない決意を宿す。


「人も財も未来も。

 すべて、あなたを阻むものは許さない」


 しらゆきの視線が鋭くなる。


「危険です。情報共有を――」


「光は眩しすぎる」

 夜姫は微笑む。

「闇は、独りで動く方がいいこともあるの」


 お嬢様は席を立ち、夜姫の前に歩み寄る。


 細い顎を指先で掬った。


「危ないじゃない」


 囁きは甘く、深く。


「命令よ。

 私の心を乱すような真似はしないで」


 夜姫の呼吸が止まる。


「……承知」


 静かに頭を垂れ、夜姫は闇へ消えた。


 影が散る音だけが残る。



 クレーロは苦笑しつつ、こめかみを押さえた。


「胃が痛ぇ。

 世界も女心も、難易度が高すぎる」


「その痛みは誇りよ」

 お嬢様は微笑む。

「あなたの支える世界が、また一つ動くんだもの」


「……光栄です」


 窓の外。

 夜の街へ、ひとつの影が疾走する。


 お嬢様に差す影は、守護の刃。

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