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影の告白

 夜の店は静かだった。

 客が帰った後のカウンターは、氷の溶ける音だけが占領している。


「今日は……来てくれたのね」


 夜姫が薄く笑い、お嬢様へグラスを滑らせた。


「ええ。夜姫の顔を見に来たのよ?」


「そんな理由で来ないで。心臓に悪いわ」


 冗談めかした声なのに、伏せた睫毛が震えている。

 夜姫はカウンター下から、一通の封書を取り出した。


「帰ってから読んで。ここでは絶対に開けないで」


「ふふ。お願いなんて珍しいじゃない」


「今回は笑えない。命が懸かってるから」


 お嬢様は微笑んだまま封書を受け取り、立ち上がる。


「また来るわ」


「……待ってる」


 夜姫は視線を逸らし、耳まで赤くした。



 館へ戻り、自室。

 月明かりの中で封を切る。


 手紙は淡々と、しかし震えていた。


『御前様

 お嬢様失脚計画の依頼が私に回されました

 私は裏家業を捨てたい

 離反すれば殺されます

 どうか見捨てないでください

          夜姫』


「……かわいい子」


 お嬢様は指先で便箋をそっとなぞる。

 その笑みは、優しさよりも少しだけ獰猛。


「捨てるわけないでしょう」



 翌朝。執務室。


「はい出ましたよォ……胃薬案件!」


 資料を読んだクレーロが叫んだ。


「国家転覆とかやめてくれません? 本当に!」


「失脚計画よ、可愛いものじゃない」


「可愛くねえですってば!」


 クレーロは頭を抱えながらも、理解していた。

 夜姫が命を賭けて知らせてきたのだと。


「で、俺に何を?」


「夜姫を正式に引き抜くわ。裏からね」


「簡単に言いますけど裏社会のしきたりが……」


「壊すわよ?

 彼女に触れた者は全員」


「はい全力でサポートしますありがとうございます!!」


 判断が早い。

 生存本能は働いているらしい。



 その日の昼。

 夜姫が館の執務室へ呼び出された。


「ご依頼は?」


「夜姫。あなたを護衛長に正式任命するわ。

 今日から裏には戻させない」


「……私を拾えば、闇もついて来ますよ?」


「いいわ。闇ごと抱きしめるのが趣味なの」


 夜姫は唇を噛んだ。

 それが震えを抑えるためなのを、お嬢様は知っている。


 そこへしらゆきが歩み出る。


「夜姫。

 お嬢様の背を預けられるのは私です」


 夜姫はふっと目を細める。


「なら奪いに行くわ。

 女の戦いは、心で勝つものよ」


「望むところです」


 二人の視線が交わった瞬間、火花の匂いがした。


「はいはいストップ」


 お嬢様が手を叩く。


「まずは夜姫の仕事を整理しましょう。

 裏の縁は私たちが切る。

 夜姫はただ、私のそばにいなさい」


 夜姫は、初めて素直に頭を下げた。


「……命、預けました」


「可愛いわね」


 その言葉に、夜姫の金の瞳が大きく揺れた。


 こうして――。


 魔女の影、夜姫が誕生した。

紹介

クレーロ

商売貴族(領地を持たない貴族)。

お嬢様をめぐる“ある事件”に巻き込まれ、不老の身となった男。

それ以降、お嬢様とは固い友情で結ばれた、数少ない友人のひとり。

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