影の告白
夜の店は静かだった。
客が帰った後のカウンターは、氷の溶ける音だけが占領している。
「今日は……来てくれたのね」
夜姫が薄く笑い、お嬢様へグラスを滑らせた。
「ええ。夜姫の顔を見に来たのよ?」
「そんな理由で来ないで。心臓に悪いわ」
冗談めかした声なのに、伏せた睫毛が震えている。
夜姫はカウンター下から、一通の封書を取り出した。
「帰ってから読んで。ここでは絶対に開けないで」
「ふふ。お願いなんて珍しいじゃない」
「今回は笑えない。命が懸かってるから」
お嬢様は微笑んだまま封書を受け取り、立ち上がる。
「また来るわ」
「……待ってる」
夜姫は視線を逸らし、耳まで赤くした。
◆
館へ戻り、自室。
月明かりの中で封を切る。
手紙は淡々と、しかし震えていた。
『御前様
お嬢様失脚計画の依頼が私に回されました
私は裏家業を捨てたい
離反すれば殺されます
どうか見捨てないでください
夜姫』
「……かわいい子」
お嬢様は指先で便箋をそっとなぞる。
その笑みは、優しさよりも少しだけ獰猛。
「捨てるわけないでしょう」
◆
翌朝。執務室。
「はい出ましたよォ……胃薬案件!」
資料を読んだクレーロが叫んだ。
「国家転覆とかやめてくれません? 本当に!」
「失脚計画よ、可愛いものじゃない」
「可愛くねえですってば!」
クレーロは頭を抱えながらも、理解していた。
夜姫が命を賭けて知らせてきたのだと。
「で、俺に何を?」
「夜姫を正式に引き抜くわ。裏からね」
「簡単に言いますけど裏社会のしきたりが……」
「壊すわよ?
彼女に触れた者は全員」
「はい全力でサポートしますありがとうございます!!」
判断が早い。
生存本能は働いているらしい。
◆
その日の昼。
夜姫が館の執務室へ呼び出された。
「ご依頼は?」
「夜姫。あなたを護衛長に正式任命するわ。
今日から裏には戻させない」
「……私を拾えば、闇もついて来ますよ?」
「いいわ。闇ごと抱きしめるのが趣味なの」
夜姫は唇を噛んだ。
それが震えを抑えるためなのを、お嬢様は知っている。
そこへしらゆきが歩み出る。
「夜姫。
お嬢様の背を預けられるのは私です」
夜姫はふっと目を細める。
「なら奪いに行くわ。
女の戦いは、心で勝つものよ」
「望むところです」
二人の視線が交わった瞬間、火花の匂いがした。
「はいはいストップ」
お嬢様が手を叩く。
「まずは夜姫の仕事を整理しましょう。
裏の縁は私たちが切る。
夜姫はただ、私のそばにいなさい」
夜姫は、初めて素直に頭を下げた。
「……命、預けました」
「可愛いわね」
その言葉に、夜姫の金の瞳が大きく揺れた。
こうして――。
魔女の影、夜姫が誕生した。
紹介
クレーロ
商売貴族(領地を持たない貴族)。
お嬢様をめぐる“ある事件”に巻き込まれ、不老の身となった男。
それ以降、お嬢様とは固い友情で結ばれた、数少ない友人のひとり。




