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ルーベリア夜の影

 夕暮れの港町ルーベリア。

 甘い潮風が、二人の間をくすぐっていた。


「アイス、溶けてしまいますよ?」

「……いいの。あなたの方が甘いもの」


 お嬢様はしらゆきの指先に付いたアイスを

 そのまま舐め取った。


「っ……お嬢様、ここは街中で――」

「だから余計に、したくなるの」


 しらゆきの胸核が、高鳴りを隠せない。


(感情制御……不全。だめ、見られてるのに)


 ふと、背筋をかすめる違和感。

 暗がりが揺れた気がした。


 だが、お嬢様は気づいている。

 ずっと前から。



 夜の帳が落ち始めた帰り道。


「……さ、そろそろ帰りましょうか」


 お嬢様は足を止めず、前を向いたまま言う。


「ところで――

 何の用だったかしら、夜姫?」


 影が震えた。


 しらゆきは即座に魔力制御を最大稼働。

 お嬢様の後ろに一歩寄り、警戒姿勢。


「敵襲――確認」


 しらゆきの足元の“影”が、静かに形を変える。


 黒。艶。伸びるドレスのシルエット。

 月光に金の瞳が浮かぶ。


「ご挨拶ね、正妻様」


 夜姫は微笑んだ。

 艶の膜を貼りつけたその笑みに、奥底の爪が覗く。


「お嬢様を観察していただけ。

 ……そして、あなたをね」


「観察の結果は?」


「完璧。その一言に尽きるわ」


 夜姫の瞳が妖しく細められる。

 声音は湿り、熱を帯びていた。


「だからこそ、壊したくなるのよ」


 しらゆきの表情が凍りつく。


「破壊対象――認識。

 交戦を開始します」



 刹那、影と光が弾けた。

 闇が牙を剥き、AIが稲妻の軌跡を描く。


 夜が夜姫の味方をする。

 完全なる暗所適応。影空間操作。


 だが――


 しらゆきはお嬢様の光を背負っている。


 互角。

 一撃ごとに、互いの心が読み解かれていく。


(この女……お嬢様を愛してる)

(この影の女……恋を知らぬまま燃えている)


 火花が散るたび、感情が剥き出しになる。


 夜姫の刀がしらゆきの首元に届いた。


 刃が止まる。

 震えて、止まる。


「……その眼。

 どうして、そんな顔をするの」


 夜姫は笑った。自嘲に濡れた声で。


「私、嫌いなのよ。

 その“誰にも奪われない自信”が」


 しらゆきは拳を握る。


「私は。

 お嬢様を奪われる恐怖を、知ったばかりです」


 夜姫の心臓が、音を立てた。


 認めざるを得ない。

 負けたのは――技でも立場でもない。


 恋の深さだった。


 夜姫は静かに膝をつき、認める言葉を吐く。


「私の負けよ。

 あなたはもう、“女”だもの」



「はい、そこまで」


 お嬢様が二人の間に歩み寄る。

 夜を従える魔女の気配。


「夜姫。今回は見逃すわ。

 でも……勝手に来てはだめよ? 私の許しなく」


 夜姫は笑む。


「命知らずな女って、嫌い?」


「ふふ、好きよ。

 拾うかどうかは――私が決めるけど」


 夜姫の胸が、ひときわ熱く灼けた。


「……嫉妬って、苦いものね」


「ようこそ」


 しらゆきが静かに言う。


「同じ“恋の底”へ」


 夜姫は影へと溶けた。

 胸に、火の種を抱えたまま。

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