ルーベリア夜の影
夕暮れの港町ルーベリア。
甘い潮風が、二人の間をくすぐっていた。
「アイス、溶けてしまいますよ?」
「……いいの。あなたの方が甘いもの」
お嬢様はしらゆきの指先に付いたアイスを
そのまま舐め取った。
「っ……お嬢様、ここは街中で――」
「だから余計に、したくなるの」
しらゆきの胸核が、高鳴りを隠せない。
(感情制御……不全。だめ、見られてるのに)
ふと、背筋をかすめる違和感。
暗がりが揺れた気がした。
だが、お嬢様は気づいている。
ずっと前から。
◆
夜の帳が落ち始めた帰り道。
「……さ、そろそろ帰りましょうか」
お嬢様は足を止めず、前を向いたまま言う。
「ところで――
何の用だったかしら、夜姫?」
影が震えた。
しらゆきは即座に魔力制御を最大稼働。
お嬢様の後ろに一歩寄り、警戒姿勢。
「敵襲――確認」
しらゆきの足元の“影”が、静かに形を変える。
黒。艶。伸びるドレスのシルエット。
月光に金の瞳が浮かぶ。
「ご挨拶ね、正妻様」
夜姫は微笑んだ。
艶の膜を貼りつけたその笑みに、奥底の爪が覗く。
「お嬢様を観察していただけ。
……そして、あなたをね」
「観察の結果は?」
「完璧。その一言に尽きるわ」
夜姫の瞳が妖しく細められる。
声音は湿り、熱を帯びていた。
「だからこそ、壊したくなるのよ」
しらゆきの表情が凍りつく。
「破壊対象――認識。
交戦を開始します」
◆
刹那、影と光が弾けた。
闇が牙を剥き、AIが稲妻の軌跡を描く。
夜が夜姫の味方をする。
完全なる暗所適応。影空間操作。
だが――
しらゆきはお嬢様の光を背負っている。
互角。
一撃ごとに、互いの心が読み解かれていく。
(この女……お嬢様を愛してる)
(この影の女……恋を知らぬまま燃えている)
火花が散るたび、感情が剥き出しになる。
夜姫の刀がしらゆきの首元に届いた。
刃が止まる。
震えて、止まる。
「……その眼。
どうして、そんな顔をするの」
夜姫は笑った。自嘲に濡れた声で。
「私、嫌いなのよ。
その“誰にも奪われない自信”が」
しらゆきは拳を握る。
「私は。
お嬢様を奪われる恐怖を、知ったばかりです」
夜姫の心臓が、音を立てた。
認めざるを得ない。
負けたのは――技でも立場でもない。
恋の深さだった。
夜姫は静かに膝をつき、認める言葉を吐く。
「私の負けよ。
あなたはもう、“女”だもの」
◆
「はい、そこまで」
お嬢様が二人の間に歩み寄る。
夜を従える魔女の気配。
「夜姫。今回は見逃すわ。
でも……勝手に来てはだめよ? 私の許しなく」
夜姫は笑む。
「命知らずな女って、嫌い?」
「ふふ、好きよ。
拾うかどうかは――私が決めるけど」
夜姫の胸が、ひときわ熱く灼けた。
「……嫉妬って、苦いものね」
「ようこそ」
しらゆきが静かに言う。
「同じ“恋の底”へ」
夜姫は影へと溶けた。
胸に、火の種を抱えたまま。




