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夜姫、心を乱す夜

 客が帰った夜店は、光を落とし、

 氷が溶ける“とろり”とした音だけが、静寂に沈んでいた。


 控室の鏡の前で、夜姫はゆっくりと息を吐く。

 胸の奥を撫でつけるような、湿った吐息。


(……おかしいわね、これ)


 心臓が、落ち着かない。

 いつもなら操る側の自分が――なぜ、あの女ひとりに灼かれる?


 「千の夜を越えた者の孤独」

 そう言い切ったのは自分だったはずなのに。


 なのに。

 見透かされたのは、自分の方だった。


(強く、美しく、誰にも触れさせない……そのはずだったのに)


 鏡に映る金の瞳を見つめる。

 夜の色香を纏い、見た者の心を滑らかに奪うはずの瞳。


(なのに……視線を返された瞬間、足が、動かなかったのよ)


 境界線が、たった一瞬で壊された。


 触れられてもいない。

 命じられたわけでもない。


 ただ――

 心だけを、そっと掬い上げられた。


「大切な人がいるから」


(……その“大切な人”って、誰なの……よ)


 悔しさじゃない。

 嫉妬と言うには、まだ甘い。


 けれど、ひとつだけ確かだった。


 胸の奥に“あの人だけが住める小部屋”が、できてしまった。


「……馬鹿みたい」


 ゆらりと立ち上がり、

 ドレスの裾を整える指先がかすかに震える。


(心なんて……触れたら崩れるだけだって、知ってるのに)


 なのに――

 崩れることを“怖いと思わなかった”のは、初めてだった。


「……次に会うときは」


 夜姫はそっと瞳を閉じ、唇を湿らせる。


(その“あなたの大切な人”……

 一目だけでいい。さらってやりたいわ)


 このざらつく感情の名を、

 自分の心に問いただすために。

明日は少しだけ、更新がにぎやかになります。

クリスマスイブですし、読んでくださる皆さまへ

小さな贈り物になれば嬉しいです。


※いつも通り読めば大丈夫な流れなのでご安心を。

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