魔女、王都の夜へ
王都の夜は、光の海。
魔女が歩けば、王都の夜は息を止める。
帳のざわめきが、風に流れてきた。
「お嬢様、本当に“お忍び”で行かれるのですか?」
「ええ。私のお金も、ちゃんと世間に回さないと」
しらゆきは、大きなため息をひとつ。
それでも結局、横を離れない。
二人が路地へ足を踏み入れた瞬間――
夜店の看板が、光を止めた。
「「「…………」」」
店員も、客も、空気すらも固まる。
キン、とグラスの氷だけが音を立てた。
飲んで、語って、夜を楽しむだけの健全な接客娯楽店。
それでも魔女の来店は、全てを緊張させる。
「……っ! しょ、少々おまちくださいませ……!」
黒いベストのボーイが、噛み噛みで駆け寄る。
「お、お客様、すぐに……最上……いえ、VIP席へ!
こちらでございますっ!」
(噛んでる……)
しらゆきが呆れた視線を向けつつ、
お嬢様は楽しそうに従った。
◆VIP席
王都一番の夜店――
本来は貴族でも二ヶ月前予約が基本。
その最奥。
最も豪奢な、王家すら座らぬ席。
だが、お嬢様が腰を下ろすと
そこが「標準」になった。
「今宵に――最も似合う一杯を」
その一言で。
バーテンダーの思考回路が飛んだ。
(今宵……?
魔力濃度、月の位置、空気の湿度……
何を基準に……!?
“魔女様の今宵”の最適解とはッ!?)
震える手で、最高級の蒸留酒を注ぎながら、
祈るようにシェイカーを振る。
(神よ……! いや目の前が神よ……!)
そして運ばれる一杯。
「ふふ、美味しいわ」
「……………………!!」
バーテンダー、昇天寸前。
「それでは、ご指名のキャストを――」
「誰でも構わないわ」
(※現場、全員心臓を落とした)
選ばれたのは――
夜の華。
涼やかな黒髪に、月光を閉じ込めたような金の瞳。
王国内夜店の中でもNo1と言われている。
夜姫。
ラメ入りのドレスが揺れ、空気を包むようにお嬢様の隣へ座る。
「夜姫と申します。
今宵お嬢様にお会いできましたこと……心より光栄に存じます」
横に座るだけで、店の空気が艶を帯びた。
「この店で一番の人かしら?」
「……恐れながら。
ですが、今日は“順位”ではなく――
私のすべてで、お嬢様を楽しませてみせます」
その言い回しに、しらゆきの眉がわずかに動いた。
しかしお嬢様は、興味深そうに目を細める。
「ふふ、面白いわ。
では、あなたの“夜”を見せてもらえる?」
「お任せください」
夜姫の微笑みは、
夜店の名にふさわしい――甘い挑戦そのものだった。
王都の夜が動き始める。
魔女と、夜の姫が出会った今宵から。




