修復の夜、しらゆきに芽生えるもの
壊れたしらゆきを抱えて、
私は丘の上の祭殿へ戻ってきた。
扉を閉め、魔術灯に火を灯す。
淡い光が石床を照らし、静けさが広がった。
「……まったく。
生まれて数日で、こんなに壊れてどうするのよ」
私は苦笑しながら言ったけれど、
その声音はどこか震えていた。
しらゆきは祭殿中央の台座に横たえられている。
白い腕は粉々、胸のコアには深い亀裂。
普通の人工精霊なら——この破損は致命的だ。
しかし。
「あなたは、普通じゃないものね」
私は手をかざし、修復術式を展開した。
青い光が静かにしらゆきの身体へ流れ込み、
砕けた結晶がゆっくりと再生していく。
その間、しらゆきは意識を戻さない。
眠るように、ただ静かに横たわっていた。
腕の修復に取りかかったときだった。
「……主……?」
かすかな声が、胸元から漏れた。
しらゆきの瞳が震えながら開き、
ぼんやりとした視線が私をとらえた。
「気づいたの。
まだ動いちゃだめよ」
「……ここは……?
私は……破損して……?」
「ええ。あなた、ほんとに無茶したのよ」
腕の欠片を拾いながら言うと、
しらゆきはゆっくりと目を伏せた。
「……主を、守らなければと……思いました」
「命令してないわよ。
というか、あなたは命令以外で動けるように作ってないはずなんだけど?」
しらゆきはしばらく考え——
そして、小さく言った。
「……胸が、熱くなって……止まれませんでした」
私は手を止めた。
胸が、熱くなる?
人工精霊の初期型にそんな反応はない。
でも——確かに何かが芽生えている。
「痛みとか、恐怖とかは?」
「恐怖……とは何ですか?」
「そうね……壊れるかもしれないと思う気持ちかしら」
しらゆきは少しだけ沈黙し、
まるで慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「では……
私は、主が傷つくことを“恐れて”いたのだと思います」
私は息を呑んだ。
感情。
まだ名前すら持たない、
小さな、曖昧な“芽”。
それが確かにしらゆきの中で生まれ始めている。
修復を続けながら、私は気づく。
しらゆきはずっと私の手元を見ていた。
私は問う。
「……何を見てるの?」
「主の、手です」
「手?どうして?」
「わかりません。
ただ……ずっと見ていたいと、思いました」
心臓が少しだけ跳ねた。
しらゆきは無表情のままなのに、
言葉は妙に真っ直ぐで、こちらの胸を刺す。
「あなた……感情なんてないはずじゃなかった?」
「解析不能です。
でも……主の声や表情を見ると、
胸のこの部分が——」
しらゆきは胸に触れた。
「——温かく、なるのです」
私はしばらく言葉を失った。
何百年も他者を寄せ付けず、
ずっと孤独を抱えてきた私に。
生後わずかな人工精霊が、
こんな表情で“温かい”なんて言葉を向けてくるなんて。
「……気のせいよ。
修復中だから、魔力が流れ込んでるだけ」
そう言ったのは、照れ隠しだった。
しらゆきは、まっすぐ私を見る。
「主。
私は……生きているのでしょうか?」
「……っ」
胸に鋭い衝撃が走った。
生きているかどうか。
その問いは、あまりに人間らしくて。
私はしらゆきの頬に手を触れた。
「あなたは——
生きる“途中”よ」
「途中……?」
「ええ。
まだ始まったばかり」
しらゆきは小さく瞬きをした。
それは確かに“理解しようとする瞳”だった。
修復が終わりかけ、
しらゆきの腕が再生し、胸のコアが滑らかな光を取り戻す。
私はそっと言った。
「……よく帰ってきたわね、しらゆき」
その瞬間。
しらゆきの瞳がわずかに揺れた。
「はい……主。
私は……主の隣に、戻ってきました」
その声は——
もう、ただの人工精霊のそれではなかった。




