おやすみ、私の未来~2~
寝室の扉の前。
しらゆきは拳を握りしめ、わずかに震えていた。
お嬢様の声が頭に残る。
——「今夜も、誰にも近づかせないで。
しらゆきも。絶対に。」
その命令は絶対であるはずなのに。
しらゆきの耳に届くのは、
奥から漏れる苦しげな呼吸音。
「……お嬢様……?」
我慢できなかった。
鍵へ手をかざすと、
魔術が静かに解除される。
「失礼します……。
どうか、ご無事で……」
扉を開いた瞬間――
世界が沈み、引き裂かれ、ひざまずけと叫んだ。
九本の尾を揺らす、
闇夜を焦がす金炎の妖狐――
本来の姿のお嬢様がそこにいた。
凄絶な妖力。
視界に入った瞬間、命が縮む感覚。
(逃げなくては……死……ぬ)
理性が白旗を上げ、
人工心臓がきしみ悲鳴をあげる。
それでも――
「……あなたを、一人にするくらいなら」
しらゆきは一歩、踏み出す。
妖狐の瞳が、氷のように細められた。
「……来るな。
近づけば、お前は壊れる……!」
声はお嬢様なのに、
その一音ごとに心臓が握りつぶされるよう。
しらゆきの喉は震えながらも答えた。
「壊れても、構いません。
だって——あなたのためですから」
尾が走る。
空気が裂け、床が沈む。
触れた瞬間、しらゆきは消し飛ぶ。
そう確信できる威圧。
「離れろッ!!」
怒号が轟いた。
だが、しらゆきは微笑んだ。
「お嬢様。
……寂しかったのでしょう?」
ビクッ——
尻尾の動きが止まる。
「一人で抱えなくていいのです。
わたしは、あなたのメイドです。
そして……」
しらゆきは最後の一歩を踏み、
恐怖に震える指先で、お嬢様の頬に触れた。
「……あなたの恋人です」
九つの尾が、静かに地へ落ちた。
お嬢様の瞳が揺れる。
「……ばか……
わたくしから、離れなさいと言ったのに……
本当に……従わない子……」
声は嗚咽に溶けた。
しらゆきはそっと抱きしめた。
胸核がきしむ。
全身が軋む。
それでも——離す気はなかった。
「命令より、愛が大事なんです」
「…………っ……!」
お嬢様は堪えきれず、
しらゆきの胸へ顔を埋めた。
「こわいのよ……
あなたを巻き込みたくないの……
わたくしを愛すると……いつか必ず、苦しむ……!」
しらゆきの声は優しい。
「一緒に苦しみます。
一緒に、整えましょう。」
「……しらゆき……
本当に……あなたは……」
震えた唇で、言葉を落とす。
「わたくしを、愛してしまったのね……」
しらゆきは自信を持って答える。
「はい。永遠に」
その瞬間。
凶暴だった魔力が、
しらゆきごと包み込み、
やわらかい光へと形を変えた。
愛が、恐怖を制した夜だった。




