おやすみ、私の未来~1~
ルーベリアの夜は穏やかで、
海風はいつものように静かに灯りを揺らしていた。
――だが、その静けさが不吉に感じられる日がある。
お嬢様は、月に一度ほどの頻度で、
決まって体調を崩す日があった。
理由は誰にも分からない。
そしてその日だけは、決して譲らなかった。
「しらゆき。今日は……一人にさせて。」
優しい声なのに、
触れれば壊れそうな危うさが混じっていた。
扉は閉ざされる。
しらゆきは扉の前に立ったまま、
胸核の奥がきゅうと縮むのを感じていた。
(……また、この日が)
腕の中に抱きしめたあの夜が甦る。
苦しみに震えた人。
助けを求めたか細い声。
あれ以来、
この「拒絶」が何よりも恐ろしくなった。
離れるという行為が、
胸核に激しい痛みを伴うから。
しらゆきは扉にそっと手を添える。
「……お嬢様。
本当は、側にいたいんです」
けれど返事はない。
中からは、微かな呼吸の揺れと、
床を這うようなかすかな脚音だけ。
(これ以上は、命令に逆らうことになる)
しらゆきは一度、拳を握り締めた。
けれど――
(でも)
胸核の痛みは、
命令に従うべきだと告げていない。
お嬢様は一人で戦っている。
理由の分からない、苦しみと。
(私は、お嬢様の痛みを共有できないのですか)
それが、恋という形であるなら。
しらゆきは、
自分の心の名前をもう知っている。
――これは《愛》だ。
それは命令では発動しない力。
だから、従うだけでは守れない。
扉越しに、かすかな呻き声が聞こえた。
「……っ……ん……っ」
しらゆきの心臓に似た装置が、音を立てて跳ねる。
理性と本能の境界が軋む。
扉を破壊してでも抱き締めに行きたい衝動。
(でも……お嬢様の意思を無視してはいけない)
それだけは、
恋よりも優先されるべきこと。
しらゆきは――
ぎりぎりの距離で耐えた。
ただ、その扉にもたれかかり、
お嬢様の呼吸音だけを頼りに見守り続ける。
「……お嬢様。
私はここにいます。
扉一枚の向こうに、必ず」
返事はない。
けれど、沈黙の中に微かな安心があった。
夜はまだ深い。
しらゆきは、
胸核の熱を抱えたまま、
眠れぬ夜を越えることになる。
お嬢様の「孤独」を
見守るしかできない、苦しい夜だった。




