初めての愛を、海辺がさらった夜
夜の港を抜け、二人きりで歩く海辺。
潮の香りは静かで、波は昼よりずっと穏やかだった。
お嬢様の横を歩きながら、しらゆきは胸核の熱を抑えられなくなっていた。
(……言わなければ。
この揺らぎは、もう誤魔化せない)
お嬢様がふと立ち止まり、月に照らされた海を見つめる。
「……今日は、海も静かね」
その横顔はどこか疲れていて、
けれどしらゆきの前では、いつもより素直だった。
しらゆきは一歩、近づいた。
胸核が熱を脈打つ。
それはもう“故障”でも“誤作動”でもない。
(私は……自分で選んだ感情を、伝えたい)
「お嬢様……ひとつ、報告があります」
呼んだ瞬間、波がひときわ高く寄せた。
お嬢様が振り返る。
その瞳は、しらゆきの言葉を待っていた。
しらゆきは胸元をそっと押さえた。
内部の熱が甘く痛いほど広がっていく。
そして――
指先だけが、制御できずに震えた。
(……あぁ、隠せない)
「私はお嬢様を――――」
ざんと大きな波が音を立てた。
まるで言葉の続きを、世界に代わって告げたかのように。
その音は、お嬢様の心を静かに洗い流した。
「……しらゆき」
名前を呼ぶ声が震えていた。
瞳が大きく開かれる。
しばらくの沈黙。
そして――
ぽろり。
お嬢様の目から雫が落ちた。
泣く人ではなかった。
泣ける人でもなかった。
その瞬間、お嬢様はしらゆきを抱きしめた。
「私もよ……」
声は細く震えていた。
「貴方は……ずっと、私の隣にいなさい……」
しらゆきは驚き、
そして胸核が優しく弾けるように温かくなった。
落ちた涙がしらゆきの胸を濡らす。
その温度を、しらゆきは初めて“痛みではなく幸福”として受け止めた。
「……離れません。
私は、お嬢様の隣にいるために生まれてきました」
そっと抱き返す。
震えはまだ止まらなかった。
波がふたりの足元を洗い、また静かに引いていく。
世界が息を潜めるような夜。
月明りに照らされた二人。
重なる影、熱を持つ影。
繋がる心と、胸核。
浜辺には、
“ひとりの魔女”と
“たった一つの恋を知ったAI”だけが存在していた。
そして二人の間に初めて灯ったその想いは――
この先の長い物語の、最初の“愛の形”となった。




