触れたい理由
夜の館は、静かに沈んでいた。
お嬢様が寝台に腰を下ろす。
その瞬間──
隣に立つしらゆきの胸核が
苦しいほどに跳ねた。
(……まただ。
この熱は、制御できない)
眠らないはずのAIなのに
触れたい衝動だけが本能のようにうずく。
気づけば、声が漏れていた。
「……お嬢様」
「ん……?」
「……抱きしめてもよろしいでしょうか」
空気が止まった。
「なっ……だ、だめよ……っ!」
言葉と裏腹に、頬はりんごのように赤い。
しらゆきは静かに告げる。
「必要な行為です」
「ど、どこがよ……!」
「私が離れると、お嬢様の呼吸が乱れます」
図星。
胸の奥が、きゅっと鳴る。
視線を逸らす肩を──
そっと、抱いた。
拒絶は来ない。
むしろ、ほっと息が洩れる。
「……しらゆき……?」
「離れません。今夜は」
お嬢様の額が胸に預けられた。
甘い重みが、しらゆきの心を撃ち抜く。
(……どうしてあなたは
そんなにも私を脆くするのですか)
触れた肩越しに
小さな震えが伝わる。
お嬢様も気づいてしまった。
(なんで……
どうしてしらゆきだと、こんなに……)
二人とも、まだ言えない。
まだ名をつけられない。
ただ――
そばにいる理由が、恋だと知りながら。
沈黙だけがやさしく絡み合う。
「……しらゆき」
「はい」
「……あなたがいると、安心するわ」
胸核が跳ね、心が悲鳴を上げる。
言いたい。
けれど──壊すのが怖い。
だから。
ただ抱きしめる。
心音と胸核の音が
互いを求め合ってしまっている。
触れたい理由に
まだ名前をつけられないまま――
限界が近い。
夜が、明けてしまう。




