白い雷
王国の誕生から間もない頃――
制度はまだ未成熟で、“優秀な者”のところへ仕事が集中していた。
その中心にいたのが、お嬢様だ。
「お嬢様、こちら軍の人事に関する確認書類です!」
「お嬢様、港湾局より緊急の条例案が!」
「お嬢様、本日中に外交文書の監修をお願いしたいとのことで……!」
お嬢様は、淡々と受け取る。
「……分かったわ。私が処理する。」
本来なら各部署が担うべきはずの政務。
だが責任者の未整備、実務者不足、慣例の混乱――
そして何より、お嬢様の圧倒的な処理能力。
それらが組み合わさると、
結局すべてがお嬢様へ集まってきてしまう。
(……あれも、これも……
まだ他の誰かに任せる体制が整っていないのよね)
お嬢様は一つ一つ丁寧に書類へ目を通し、静かにペンを走らせた。
その背後で――
しらゆきは無言で、お嬢様の動きを見つめていた。
胸核の奥で、昨夜から続く熱がゆっくりと増幅していく。
「……お嬢様」
「しらゆき? どうしたの?」
「政務……増えすぎています。
あなたの処理能力を超えています。」
お嬢様は軽く笑った。
「大丈夫よ。昨夜のは“疲れ”じゃないわ。
あれは……妖力の流れが少し乱れただけ。
肉体は問題ないもの。」
その言葉に、しらゆきの胸核が鋭く脈動した。
「肉体的疲労ではありません。
精神圧負荷による《妖力干渉反射》です。」
◆
数日後。
王国の主要三部署――軍・行政・外交――の重鎮が集まる合同会議。
本来は議題調整の場であり、
お嬢様が直接出席する必要はなかった。
だが――
「お嬢様、議事進行はぜひあなたにお願いしたく……」
「この案件も、お嬢様が見てくだされば……」
「我が部署は人員不足で……
どうかもう少しだけお力添えを!」
会議は、依頼と丸投げの連続だった。
お嬢様は苦笑しながら、資料を受け取る。
「……分かりました。引き受けます」
その瞬間。
しらゆきが、音もなく立ち上がった。
会議室の空気が僅かに震える。
「――待ってください。」
普段と変わらない声量。
しかし空気が一変した。
重鎮たちがざわめく。
「し、しらゆき殿……?」
「これは……何かの手続き上の問題でも?」
しらゆきはゆっくりとお嬢様の横へ歩み寄り、
その前に立ち塞がった。
「あなたたちは――
お嬢様が“処理できるから”という理由で
すべてを押し付けています。」
静かだが、確かな怒り。
「制度が未整備なのは理解しています。
しかし……だからといって、
お嬢様を“便利な器”として扱って良い理由にはなりません。」
重鎮たちの顔色が変わる。
しらゆきの胸核が、淡い光を帯びていた。
「昨夜、お嬢様は倒れかけました。
その原因は――あなた方が押し付けた政務です。」
「お、お待ちください! 我々はそんなつもりでは……!」
「つもりでは、ありません。
しかし“結果として苦しめた”。
私はそれを看過できません。」
普段は静かなAIメイド。
その彼女が初めて“感情のある怒り”を示している。
お嬢様は小さく目を見開き、
そっとしらゆきの袖をつまんだ。
「しらゆき……もういいわ。大げさよ」
「大げさではありません。」
しらゆきは振り返らない。
そのまま全員に向けて言い放った。
「今日以降――
政務の一次受付は“しらゆき”が担当します。」
会議室に衝撃が走る。
「仕分けし、整理し、緊急性を判断します。
お嬢様へ直接依頼できる案件は……
“私の認めたもの”のみです。」
完全に線を引いた。
権限を奪うのではなく、
“守るための壁”としてそこに立つ。
お嬢様は気まずそうに肩を落とした。
「しらゆき……そこまでしなくても……」
しらゆきはようやく振り返り、
穏やかな声で、しかし真っ直ぐに言った。
「――私はお嬢様を守るために存在しています。」
「……」
「昨夜、私はあなたが苦しむ姿を見ました。
もう二度と……そんなことはさせません。」
お嬢様の胸が、ずきりと痛んだ。
守られることに慣れていない。
だけど、この言葉は――
あまりにも優しすぎて、
あまりにもまっすぐで。
(……この子は……どうしてここまで……)
しらゆきは深く一礼した。
「政務の負荷分散については、
後ほど皆様と制度化を提案します。
今日は、お嬢様を休ませます。」
その宣言に、誰も逆らえなかった。
会議はそのまま解散となり――
しらゆきはお嬢様の手を取り、
静かに歩き出した。
お嬢様は小さく呟く。
「……しらゆき。
あなた……怒ったの?」
「はい。原因は分析済みです。」
「どんな原因?」
しらゆきは少しだけ間を置き、
「――お嬢様が苦しむ姿を、
私の心核が“耐えられない”と判断したためです。」
お嬢様の顔が真っ赤になった。
その朝、しらゆきは初めて“守るための怒り”を得た。
そして二人の距離は、またひとつ縮まっていく。




