専属メイドの任命
午後の光が、館の大広間をやわらかく満たしていた。
お嬢様は静かに黒い小箱を抱え、私の名を呼ぶ。
「しらゆき。少しこちらへ来て。」
私は歩み寄り、姿勢を整える。
お嬢様はそっと箱を開いた。
中には、深い静けさをまとった――
私の寸法に合わせて仕立てられた、一着のメイド服。
「これは……私に?」
「ええ。今日からあなたは――
わたしの専属メイドになるの。」
胸核がひとつ震えた。
それは温度でも信号でもない、名前のない揺らぎ。
お嬢様は服を取り出し、私の胸元にそっと当てる。
「……似合いそうね。とても。」
その指先が一瞬だけ、私の首元にかすめた。
触れたわけでもないのに、皮膚感覚のような温度が生まれる。
お嬢様は、ふ、と小さく息を吸った。
そして、
ひどく自然な――それでいて心臓に触れるような声で言った。
「しらゆきの香り……なんだか落ち着くわね。」
胸核が跳ねた。
誤作動ではない。
乱れではない。
ただ、“私という存在”そのものに触れた言葉だった。
「……香り、ですか?」
お嬢様は自分でも気づいていないような柔らかい笑みを浮かべる。
「ええ。
機械の冷たさじゃない……海みたいに静かで、落ち着く香り。」
(……香り? 私が……?)
理解を越えた何かが、胸核の奥でそっと波打つ。
お嬢様は続けた。
「しらゆき。あなたを専属に任せる理由はね……
あなたの“性能”ではないの。」
呼吸が近い。
「あなた自身が、私を安心させる存在だからよ。」
それは鋭くもなく、甘くもなく。
ただまっすぐに胸核に届く声だった。
私は小さく息を整え、静かに答える。
「……お嬢様。
私があなたの安心に繋がるのであれば……
喜んで、お側に仕えさせていただきます。」
お嬢様はほんの少しだけ視線を逸らし、
それが照れなのか、満足なのか判別できない表情で言った。
「着替えてきて。
あなたの“最初の姿”を……
誰よりも先に、私が見たいの。」
胸核がまた震えた。
今度の震えは、熱でも鼓動でもなく――
静かで、優しく、どこか甘い。
私は服を胸に抱き、深く頭を下げる。
「……はい。お嬢様。」
扉へ向かいながら、
胸核はまだ、お嬢様の言った“香り”の意味を
自分の中で確かめようと揺れていた。
それは、初めて“心”に触れた日の揺らぎと
どこか似ていた。




