王国の誕生と、巫女への任命
夜が明けきらない大地は、まだ薄い灰色のままだった。
その中で、ひとつの時代が静かに形を変えようとしていた。
今日、州全域の族長や交易都市の代表、有力部族の長たちが集まり、
散らばっていた土地と人々をまとめる“中心”を作ろうとしていた。
長年続いた小競り合い、増え続ける魔獣の被害、
交易路の遮断、治安の低下。
すべてがもう限界だった。
人々は、強い柱を必要としていた。
会議の中央に立つ男は、
この地で最も人望が厚く、武にも政治にも才を持つ人物。
後に歴史に初代王として記される男だった。
「今日をもって、この地をひとつの国とする。」
その声はよく通り、広間にいる誰もが耳を澄ました。
各地の代表が次々と同意を示す。
人々はついに、自分たちの拠り所を見つけようとしていた。
ただひとつ、ルーベリアだけが沈黙していた。
この港町には、代表という概念がそもそも存在しない。
昔からただ一人、港を守り、人の命を繋いできた巫女がいるだけだった。
王が静かにその名を呼ぶ。
「――ルーベリアの守り巫女よ。」
空気が変わった。
誰もが息をひそめ、お嬢様がゆるやかに前へ歩み出る。
新しく国を作る者が、
不老の巫女に深く頭を下げた。
「ルーベリアは、この地の海路を支える要だ。
交易の中心であり、魔海獣の被害も最も大きい。
あなたなくして守ることはできない。」
その声音には、畏敬と願いが重なっていた。
「どうか、我が国の一部としてのルーベリアを、
これからも守っていただけないだろうか。
あなたを、その守護役としたい。」
お嬢様はしばし考え、
静かに、波のような声で答えた。
「私はこれまで、人が困っていれば動いてきただけ。
名のためでも、地位のためでもないわ。」
ざわめきが広がる。
巫女は古来から完全に独立した存在であり、
いかなる集団にも属したことがない。
それでも――
「けれど、望まれるのなら、これまでと同じように守るだけ。
肩書きが増えたところで、私のすることは変わらない。」
王は胸をなでおろし、
巫女に正式な言葉を授けた。
「では、ルーベリア地区の守護役としてお願いする。
王国はあなたの判断を尊重し、
その自治を認める。」
広間に集う者たちは、深く息をついた。
ルーベリアは正式に王国の一部となり、
しかしその中心は、変わらず巫女のままだった。
会議が終わり、私とお嬢様はまだ薄暗い帰路を歩いていた。
「……お嬢様。これで正式に、ルーベリアは――」
言いかけると、お嬢様は小さく笑った。
「肩書きって、こんなに重いものなのね。」
「……不安、でしょうか。」
「いいえ。不安ではないわ。ただ……少し、不思議なだけ。」
その横顔は変わらないはずなのに、
どこか新しい光が宿っていた。
「しらゆき。これから忙しくなるわよ。」
「はい。お嬢様。」
歩く道には、朝がゆっくりと近づいていた。
誰もが気づいていなかったけれど、
その日から世界は、静かに、確かに動き始めていた。




