白不在、黒の抱擁
執務を終えた頃には、
すっかり夜の帳が降りていた。
「お嬢様」
夜姫が手を差し出す。
黒薔薇のような指が、甘く誘う。
「少し、歩きませんか?
お嬢様が眠るまで……私が、夜を整えます」
「ふふ。あなた、今日はやけに積極的ね」
「ええ。しらゆき殿がいない今――
私は誰にも遠慮をしません」
お嬢様はその手を取った。
触れた瞬間、夜風よりひんやりした指先が
心臓を優しく震わせる。
中庭へ出ると、月光だけが照らし出す静寂。
星々が、まるで二人を祝福するように瞬いていた。
「……静かね」
「はい。お嬢様だけの夜です」
夜姫が後ろにまわり、腰を抱き寄せる。
耳元で囁く声は――
甘い毒と、温かな体温。
「今日はずっと……お心の隙間を感じておりました」
「……そんなの、隠してたわよ?」
「ええ。だからこそ、気づかぬはずがありません」
唇が、耳をかすめる。
「私が、その隙を埋め尽くします」
ぞくりと背筋に電流が走る。
お嬢様は小さく息を飲んだ。
「……夜姫」
名を呼べば、腕の力が強くなる。
「大丈夫です。
寂しさも嫉妬も、わたくしの糧」
夜姫の指がお嬢様の頬に触れ、
吐息が聞こえる距離で金の瞳が絡みつく。
「今夜だけは――
どうかわたくしを、独り占めしてください」
「……いいわ」
答えた瞬間、
夜姫の息が一瞬止まり、
そして花のように綻ぶ。
「お嬢様」
声は震えるほど熱く、
しかし礼儀だけは崩さず。
「世界で一番、愛しい方」
二人の影が、月光の芝に重なる。
夜は深く、
そして甘く――落ちていった。




