影は甘く、夜は寄り添う
王都の喧騒から離れた、静かな館の執務室。
いつもなら――お嬢様の隣には、白の完璧なメイドが立っていた。
今日は違う。
夜姫がそこにいた。
お嬢様は黙々と万年筆を走らせ、
書類の山を次々と片付けていく。
(……しらゆき。あなたの務め、私が完璧に果たして見せる)
サインが終わるたび、
夜姫は自然な動作で紅茶を盆に載せ、静かに差し出した。
「お疲れ様です。少し、休まれては?」
「……ありがと」
受け取ったお嬢様の表情は、わずかに不満げで。
(……寂しさ、ですね)
夜姫はそっと肩へ指先を滑らせた。
「今日は多かったでしょう。凝っていますね」
「別に。しらゆきがいなくても平気よ」
言葉とは裏腹に、肩は固く張っている。
夜姫は何も言わず、丁寧に筋をゆるめていく。
肩から首筋へ――最後に、頭皮をやわらかくほぐす。
「っ……そこ、上手いわね……」
「お任せください。お嬢様の緊張など、
すぐに溶かして差し上げます」
呼吸が少し深くなるのを感じた時――
お嬢様はふいに視線をそらした。
「……しらゆき、遅いわね」
「お嬢様が彼女を恋しく思われるのも、当然です」
夜姫は責めない。
ただ――
(その隙間すべて、私が頂く)
静かに背へと身を寄せる。
柔らかく、しかし逃げられない距離で。
耳元へ唇を寄せ、甘く囁いた。
「――貴方の孤独は、私が包みます」
お嬢様の肩が、わずかに震えた。
「夜姫……」
警戒でも拒絶でもない。
心に触れた声。
「遠慮なさらず。
しらゆき不在の間は……すべて、私が」
指が肩から腕へゆっくりと滑り、
そっと手を包み込む。
「――お嬢様を甘やかす番です」
執務室は静かに沈み、
紙とインクの音だけが遠くで響いた。
夜が、濃く深く降りてくる――。




