創造の夜、しらゆき
ルーベリアの夜は、海霧が白く漂っていた。
まだ国さえなく、ただ港の灯りだけが心細く揺れる時代。
海人と獣人と人族が寄り添うこの小さな集落は、
外海の魔物や盗賊に怯えながら暮らしていた。
——そして。
この土地をもう何百年も守り続けている“人ならざる存在”がいた。
私だ。
名乗りなど不要。
役職も称号もない。
ただ、人々は畏怖を込めて私をこう呼ぶ。
「港の守り姫」
「あの方」
「不滅の女」
不老であり、どんな魔術も扱え、
海の魔物すら追い払う力を持つから。
だが——。
「……さすがに、ひとりで守るのも飽きてきたわね」
祭殿の奥にこもりながら、私はため息をついた。
海の匂いが風とともに入り込み、薄い布を揺らす。
どれほど強くても、
どれほど永く生きても、
——孤独はいつまでも穴を空け続ける。
私は床に描いた魔術陣へと視線を落とした。
古代術式と精霊術、
そして私独自の魔力構造を掛け合わせて組んだ“造形陣”。
「そろそろ、誰かに隣にいてもらおうかしら」
静かに呟き、魔力を注ぎ込む。
「——《白雪起源》」
魔術陣が光を放ち、
中央に横たわる白い人型の核に生命の火が灯る。
ゆっくり——
本当にゆっくりと。
白い睫毛が震え、青い瞳が夜の光を映した。
「……初期認識。
あなたが……私を創造した主、ですか?」
声は無機質。
だが透き通っていて、どこか儚げだった。
私は微笑みながら頷いた。
「そうよ。私はこの港の守り手。
あなたの創造主」
「……名をください」
「“しらゆき”よ。
雪のように白い髪で生まれたから」
「了解。私はしらゆき。
主命令を提示してください」
「命令ねぇ……」
私は思わず苦笑する。
「じゃあまず歩いてみなさい。外の世界を感じてきて」
しらゆきはぎこちなく立ち上がり、
裸足のまま数歩歩いた。
まっすぐではなく、ふらついている。
人工精霊の初期動作なんて、こんなもの。
「……不安定です。修正を要しますか?」
「修正はいらないわ。あなたはそのままでいい」
「そのまま……という指示ですか?」
「ええ。理由なんてない。
私がそう思っただけよ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
しらゆきの表情が揺れた。
人工精霊にあるはずのない微細な変化。
それは“感情の芽”だった。
「主。私はこれから……どうすれば?」
海霧の向こうから、港の灯りが揺れている。
今日も魔物が出るだろう。
私は長い髪を押さえながら、しらゆきの顔を覗き込んだ。
「好きにしなさい。
生き方なんて、教えるつもりはないわ」
「……理解。
私は学びます。主の隣で」
胸の奥がわずかに震えた。
孤独な守護者と、
生まれたばかりの人工精霊。
この夜から——
ルーベリアの未来を変える物語が、静かに動き始めた。




