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第四章 冥府の使者

城門の松明が煌々と燃え、重い鉄扉が開く。

「──ルーアン国よりの使節一行!」

黒馬の列。白布を巻いた槍。

先頭の男は優雅に進み出る。

目がぎょろりと動いた。

鞍袋から覗く封蝋は厚く冷たい青味を帯びていた。


謁見の間は花の香が香る。

王と王妃が高座に座り、大臣と将も集められている。ジャックとゼノン、ブランシュは既にその輪の中に立っていた。

紅と金の衣を纏った小さな影が少女らしからぬ不遜さで室内を見据えている。

聖女オウカ──燐 皇華。


使者は絨毯の上で片膝をつき、慇懃な仕草でゆるりと文書を広げる。


「ルーアン王国より通達!

魔物国境戦において疲弊されしオルテガ国は我が庇護の下に入り貢納の定めを受けよ。

さすれば平和の訪れを約束す!

城門には我が紋旗を掲げ、軍律は我が──」


 ヒュッ──。


空気を割く音だけが静まり返った部屋に落ちる。


瞬間、男の首は絨毯へ鞠のように落ち、体は右に崩れた。

手に持った文書はくるり、回って、転がり王の御前で止まった。

血が赤い絨毯に吸われてゆく。


静けさを、朗々たる笑いが打ち破る。


 「ふ、ふふ──ふははははッ!」



紅の瞳が愉悦で細まり、肩が大きく揺れる。

オウカは剣の血を眺め涙を浮かべる。


 「羽虫のように五月蝿い舌を切り落とそうとしたら、首が落ちたわ!」


誰も息をしなかった。

使者の一人が剣に触れた刹那、黒衣が影から走る。

ゼノンの剣が喉元に突きつけられた。



オウカは刃の血を払い、低く告げた。

 「この国への無礼、死をもって償わせた」


声は静謐で、しかし重さがあった。

そしてその部屋の全ての人をぐるりと見回す。


 「属国に降れば何が起こるか考えんでも分かろうが?

民の子らは鎖に繋がれ、女は身を売らされ、男は死より厳しい労役が待つ。

王の首は晒され、貴族の女子供は辱めと共に息絶えるのだ!

 ……貴様ら、分かっておるのか?」


誰かが小さく呻いた。

ブランシュだけが白い袖で口元を隠しながら頬を紅に染め瞳を潤ませる。

 「……なんと鮮烈な……」

恍惚の囁きは甘く溶けた。


蒼白のジャックが一歩滲み出る。

「オウカ様!なにも殺さなくとも──」

国王がジャックを手で制した。


「聞くべきものがあれば、な…」

ジャックの方を見向きもせず呟かれる。

「……王子、貴殿は彼の国に膝を折るか?」


長い沈黙ののち、王が低く響く声で言った。

「……遺体は城外へ捨てよ──ゼノン」

「は」

「裏門を封鎖、城下の見張りを増やせ。偵察と報復に備えよ」

黒衣は音もなく消えた。

ブランシュは侍女へ目配せを送る。

「文書は回収して頂戴な」


広がる赤は、もはや絨毯に吸い込まれ形をなくした。



噂話が国中へ囁かれる。


「無礼な使者の首を斬ったそうだ」

「国の誇りを守った」

「美しく苛烈な聖女…」


石畳では子らが小枝を剣に見立て、

女たちは編み物をしながら遠い方角へ細い目を向け、老職人が鉄を叩く。


戦の足音が聞こえてくる。



議会にて。

老侯は眉を寄せ、若い伯は襟を正す。

王妃は指輪を触りしっかりと指の根元に戻した。


厳かな静けさ。

王が短く、しかしはっきりと宣言した。

「我々のこの心は決して折れぬ。……戦の準備を」


王妃が頭を垂れるのを見、全ての臣下が目を伏せそれに倣った。

ジャックも険しい表情をした後、少し遅れて深く頭を垂れた。


オウカは鼻で小さく笑い、紅の瞳を細めた。

「……それでよい。何にせよ戦って死ぬか、屈辱の中死ぬかだ」


窓から差す光が彼女のつるりと丸い頬を撫でる。

幼子のようにすっきりした顔で日差しに目を細める。


冥府の使者は、少女の姿をしていた。

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