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第9話:見抜く目、桜庭咲良


翌日から、俺の日常に小さな変化が訪れた。

それは、一人のクラスメイトの視線だった。


桜庭咲良。

黒髪のロングヘアーが印象的な、物静かな少女。成績は常にトップクラスで、教師からの信頼も厚い。だが、どこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っており、クラスでは高嶺の花として、遠巻きに眺められている存在だ。


その彼女が、やたらと俺のことを見てくるようになったのだ。

授業中、休み時間、移動教室の時。ふと視線を感じて顔を上げると、必ずと言っていいほど、彼女と目が合う。合うと、彼女は何も言わずに、すっと目を逸らす。


「……なんだ?」


気味が悪い。俺は何か、彼女の気に障るようなことをしただろうか。

昨日の影狼の一件が頭をよぎるが、俺は完璧に隠れていたはずだ。それに、彼女の視線には、非難や恐怖の色はない。むしろ、何かを確かめようとするような、強い好奇心と……わずかな疑念が宿っているように見えた。


その日の放課後。俺は日課である即帰宅を決め込もうと、そそくさと教室を出た。

昇降口で靴を履き替えていると、すぐ近くの水道で、桜庭さんがハンカチを濡らしているのが見えた。

(……さっさと帰ろう)

これ以上関わり合いになるのはごめんだ。俺は足早にその場を去ろうとした。


ポケットを探ると、鍵がない。どうやら教室に忘れてきたらしい。

「ちっ、面倒な」

俺は誰にも見られていないことを確認し、指を軽く振るった。


念動力テレキネシス


三階の教室、俺の机のフックに引っかかっているキーホルダーを、精密な魔力制御で持ち上げる。窓を開け、廊下を通り、階段を下りて、昇降口の俺の鞄の中へ。ほんの数秒の早業だ。

よし、と鞄に手を突っ込もうとした、その時。


背後に、人の気配。

振り返ると、そこに桜庭さんが立っていた。濡れたハンカチを手に、驚いたように目を見開いている。

彼女の視線は、俺の顔と、俺の鞄と、そして何もない空間を、交互に行き来していた。


「……何か用?」

俺は平静を装って尋ねる。

桜庭さんは、はっと我に返ると、ふるふると首を横に振った。

「ううん、何でもないの。ごめんなさい」

そう言って、彼女は逃げるように去っていった。


だが、俺は見逃さなかった。

彼女が去り際に、俺にだけ聞こえるような、ごく小さな声で呟いたのを。


「……やっぱり」


その声は、確信に満ちていた。

その瞬間、俺は悟った。

この少女は、俺の「偶然」が、ただの偶然ではないことに、気づいている。


俺の平穏な隠居生活に、最初の、そして最大の障害が現れた瞬間だった。

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