表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/65

第3話:平穏を求めて、いざ学園へ


「いってきまーす」


玄関のドアを開けると、澄み切った青空が広がっていた。

「アキト、忘れ物ないのー?」

キッチンから聞こえる母の呑気な声に、「なーい」と適当に返事をしながら、俺は新しい通学路を歩き始めた。


県立陽南高校。それが、俺の新しい学び舎だ。

目標は、ただ一つ。「目立たないこと」。

英雄でも賢者でもない、その他大勢のモブキャラクターAとして、三年間を無風でやり過ごす。それが俺に課せられた、唯一にして最大のミッションである。


「おーす、アキト!」

背後から肩を叩かれ、振り向くと、クラスメイトの鈴木と佐藤が立っていた。

「昨日、深夜にやってたアニメ見たか?」「見た見た!あのヒロイン、マジ天使じゃね?」

始まるのは、異世界の情勢でも、魔王軍の動向でもない、実に高校生らしい、実に平和な会話だ。俺は適当に相槌を打ちながら、この何でもない会話の心地よさに、思わず口元が緩むのを抑えられなかった。


そんな、平穏な通学路でのことだった。

前方を歩いていたランドセル姿の小学生が、何もないところで大きく体勢を崩した。今にもアスファルトに顔面から突っ込みそうだ。


「おっと」


周囲の誰もが「あっ」と声を上げるよりも早く、俺は無意識に行動していた。


念動力テレキネシス


ほんのわずかな魔力が、風のように小学生のリュックサックをそっと支える。彼は前のめりになった勢いのまま、しかし不思議な浮力に助けられ、数歩たたらを踏んだだけで、転倒を免れた。


「危ないな、風が強かったのか?」

俺は内心でそう呟き、何事もなかったかのように歩き続ける。

「お前、今なんかしたか?」と鈴木が怪訝な顔をしたが、「いや、何も?」と首を傾げると、「そっか」とすぐに興味を失ったようだった。それでいい。それがいい。


しばらく歩くと、今度は俺自身に小さな災難が降りかかった。

考え事をしながら歩いていたせいで、道端の側溝の蓋が開いているのに気づかなかったのだ。


「うおっ!?」


足を踏み外した、と思った瞬間。

世界が、ほんのわずかにずれた。


【空間転移(短距離)】


コンマ数秒にも満たない時間、俺の体は半歩だけ、物理法則を無視して瞬間移動していた。結果として、俺は側溝の穴の縁を爪先で蹴る形となり、難なく危機を回避した。


「おお、危なかった!運動神経良くなったのかな?」

前世では考えられないほどの身体能力の低下を嘆いていたが、存外、この体も捨てたものではないらしい。俺は自分の幸運と、意外な身体能力に少しだけ感心しながら、再び学校への道を急いだ。


俺の目標は、あくまで平穏な日常。

こんな小さな「偶然」は、そのためのちょっとしたスパイスに過ぎないのだ。

そう、この時はまだ、本気でそう思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ