第6話 フラン編 サウザンドラゴン②
「どうして私はあなたほどの魔力がなかったの⁉ どうしてまともに誰にも勝てないの――あんたなんか大嫌いよ……!」
わあっと涙ながらに泣き崩れ、困惑と同情の感情が沸く。
どうしていいか、全くわからない。
彼女なりにずっと苦しんでいたというのに、そのことに俺が口を出せるのか?
そもそも、どう声をかけるべきだろう?
仕方がない? 諦めろ? 頑張ればなんとかなる?
どれも駄目だ。
軽くて安くて薄っぺらい言葉しか思い浮かばない。
本来の魔力値はどうあっても強化できない。
努力では限界がある。
これだけは覆らない。
身長を伸ばしたくても無理なように、髪の色を変えたくてもできないように……持って生まれたものは 俺にも、誰にもどうすることもできない。
「私がアレスの孫だなんて、自慢なんかできないわ‼ 笑われるだけよ!」
ミラが手のひらに血をにじませるほど賢者アレスのピンバッジをぎゅうっと握ったところで、俺の心の中の何かが揺れる。
ぐい、と身体ごと引き寄せ、とにかくどうにか泣き止んでもらおうと試みた。
けれどミラは俺を拒絶するように体を押しやってくる。
そのまましっかりと逃がさぬよう、固く腕を回しているとやがて諦めたように腕の中でずっと泣き続けてた。
「どうして……どうして?」
ミラは、ただそれだけを繰り返す。
殺戮を思い出す、あの『炎の日』。俺もいつかは、すべてを奪ったサウザンドラゴンを倒したいと思っていた。
周りの人たちが次々と殺された。あの日、何もできなかったのが悔しくて首席で賢者クラスを目指したのはそのためだ。
身をもって俺を助けにけけつけてくれたアレスと、そしてずっと苦しんでいる人々を助けたくて。
千年もの間にあのドラゴンに殺された人はいったいどれほどいるのだろうか、――想像もつかない。
「……倒したいか?」
俺の言葉に、ミラは少しだけ動きが止まった。
――妙な縁があったものだ。
「じゃあ、倒そう」
俺を助けたあの賢者アレスの代わりに。
無謀な考えなのかもしれない。
どれほどの過去の偉大な勇者であれ優秀な賢者であれ、ことごとく殺されている。
勝ち目は薄い。
でも、それでいいのか?
俺が代わりに倒すから、とミラをこのままにしていいのか?
「助けられた恩をお前にかえすことにする。足りなければ俺が力を貸してやる、一緒にだ。諦めるな。ミラ、サウザンドラゴンに勝つんだろ? だから――」
俺の腕の中でひたすらに泣き続ける名軍師の孫ミラを見やる。
ぐい、と俺は指で涙をぬぐい、俺を見定めるようにミラはじっと見返してきた。
そうしていたら、ガラリと教室の扉が開けられた。
この教室の移動教室のみんなが戻ってきたようだ。
じゃあ、ここをどかないとな、と考えて自分が今置かれた状況を俯瞰する。
誰もいない教室で、男女が二人見つめ合い、抱き合っている――?
これはどう考えても誤解を招く。
しかし、泣いているミラをこのまま離してしまうと、泣き顔をこの全員に露見してしまうことになる。
それもそれで、マズイ気がする。
このクラスの誰かであろう男子が俺に声をかける。
「フラン?ここで何してるんだい……? それに、その髪色……ってミラじゃないの?」
だめだ完全にバレている。互いの知名度が高いのも考えものだ。
そもそも先日からミラとのあれこれで、学園内に妙な噂が流れているっていうのに。
「タイミング悪すぎだろ……」
俺も泣きそうだ。
ひとまず黒い俺のローブで黙りこくったミラを自分の胸に押し込むようにまるごと隠す。
まだ話は終わってない、むしろこれからなのに――……。
どこか、2人きりになれる場所は……。
「ミラ、ここではマズイ。続きは部屋でだ。落ちないようにしっかりと俺に掴まれよ。とにかく俺の部屋に向かう」
「え⁉︎ ちょっと、何考えてるの、フラン‼︎」
抗議は無視した。ぐい、と思い切りミラの腰を強く引き寄せ抱き掴む。がらりと片手で窓を開いて飛翔の魔法でミラを抱えたまま俺の寮の自室へと逃げることとなった。
晒し者になっていたため、正直にいうと混乱していた。
俺たちの言葉はその場の皆に筒抜けで、行動も相まってさらに問題と誤解を招く展開になるとは――
この時の俺は考えもしなかった。