第3話 フラン編 対決
今回の本試験の相手はミラだった。
俺もミラも試合会場という名の石だたみの会場内の中央に立ち、試合開始の合図を待つ。
俺にとってはただの隣の席のうるさい女だという点でしか興味すらもないが、ミラは対戦相手としても学園内の女生徒としても人気が高い。
栗色の肩口までかかるかかからないかの髪は風に揺れる。豊かすぎず、少なすぎずのほどよいスタイルと桜色の頬に赤い唇。今は少し大きな俺のローブを着ているので、隠れてしまっているが、隙間から覗きみえる人形のように細く白い手足。琥珀を模した瞳は俺から上目遣いで視線を外さない。
だいたいの男はこれだけでコロッと落ちそうだ。
――ただまあ黙っていれば可愛いのだが、見事なまでに黙っててくれないという嘆きをクラスメイトから耳からタコができるほど聞いた。
そんなことを考えていると、審判が俺たちの中央にサッと立った。
「フランベルジュとミラ、はじめていいか?」
「勝利条件を追加で。今回の試合のみハンデで俺に傷を一つでも負わせたら、ミラの勝ちとする」
手短な言葉に、審判とミラは頷く。
早々に終わらせるのは忍びなくもある。
だが魔力の威力も総魔力もこちらの比にならないほど小さく弱い。
かすり傷一つどころか、開始数秒すら不要で終わらせることもできるのだが――
――なぜ、ミラはそんな取引を持ち掛けたのだろうか。
「開始‼」
声に我に返り試合開始と共に、俺は透明の防御壁を張る。
たった一つでもミラの魔法はもうこの防御壁を貫けはしないが、それを三重にかけたのだ。この状態ですでにミラの勝利の可能性はゼロに等しい。ただ防御壁も完全でなく、身体ごと懐に入られたら防御壁は無効化される。
そしてミラの詠唱をみる。あの様子では前回使った、地属性魔法だ。
……地属性?
すぐさま詠唱が終わり、俺に向かって手を上げ――るかと思っていた。
しかし、ミラは地面に手をつけ、自分の周りに複数の石だたみを高くそびえたたせた。魔力をここで一気に使うとは、魔法だけですでに半分は使ってないか? 対戦相手の心配をする俺も俺だが。
瞬時考え直す。
なるほど、どうせ長期戦はどの道不利だと悟っての事だろう。初手から思い切って使った方がいいのかもしれない。
ミラに魔法を繰り出すつもりで、俺の指が止まる。
土煙で姿が、見えない。
狙いが分かった。
そういうことか……。
俺に攻撃をさせないため、だ。
ミラの地頭はよく筆記のみならば学年一位。
だが、魔術はからっきし。
魔力は弱く、どれも満足に使えないほど弱い。
俺が威力をかなり弱めても魔法のほとんどで命を落としかねないのだ。
癒しは当たり前だが死んだら効力がない。
ゆえに、俺が当たればいいとばかりに数で押すような魔法弾を乱発することもできない。
石だたみの後ろに隠れられると、俺は壊すことができない。
倒れたらミラが命を落としかねないからだ。
強すぎる、という弊害。
前回使った凍らせる魔法も、相手が一定期間視界に入って、かつ触れなければ発動できない。だからこそ土煙で阻害する。
――考えたな。まさか、この状況で自分の弱さを逆手にとるとは。
それならばと強風の魔法で周辺の視界をクリアにした。
瞬時に消える土煙だが、予想通りミラの姿はない。
今の一瞬でどこかのそびえる石壁に隠れたのだろう。
あちらがどこからかくるのを待つ――? いや。
拮抗した状態を保ってもいいことはない。先手必勝だ。それなりに距離をとれば、魔法攻撃がきたとて無傷だろう。石壁に歩いて近づく。隠れた場所の候補、そのうちの1つに近づく。
「見えてるよ、そこだろ?」
四方八方、石の壁。
いる場所を炙り出すため、俺はミラがいるであろうと睨んだ石だたみに向かって声を出す。
返事がない。
まあ、警戒されてるだろうな。
「どうして俺に勝ちたいんだ? 負けるのはイヤだが、話だけなら聞いてやる。ピンバッジが欲しいならタダでくれてやる、出て来いよ」
さて、こちらの挑発に乗るだろうか。
「それには手出ししないで。勝ちたいのには諸事情があるのよ。あんたなんかにはいいたくないわ」
よし、狙い通りに声がかえってきた。最初の予想通り、目の前の石だたみから声は聞こえる。
さて、場所がわかったところで攻撃に転じるか。
炎はやめておこう。
水か風か――。
数秒待てるなら比較的安全に確保できる氷だろうか。
石だたみの向こうに一歩進み、風で押しやろうと手をかざす。
俺としてもできるだけケガをさせたくはない、安全に勝つ、これがベストだ。
足を踏み入れた瞬間、強風の魔法を――
ローブが風に舞う。
ローブ、だけ?
ミラは――
いないことに、一瞬だけ動揺し動きが遅れた。
今にして思えば、その一瞬が勝敗を分けたのだと思う。
頭に鈍器で殴られたような重い衝撃が走る。
重みが襲いかかり、支えきれずに俺は易々と地面へと沈められた。
衝撃と舞った砂ぼこりでせき込み、口の中には血の味と地面に舞う砂の味。それを思わず噛みしめる。
――なにが、起きた?
防御魔法は完璧だった。魔法は完全に弾弾くことができる、考える間でもなく。
魔法ではない、魔法でないなら――……?
とりあえず起き上がろう。
俺の背中をつぶしている重い何かを取り払おうと、背に腕を回し掴むと「きゃあっ」という声が聞こえた。
驚いてゆっくりと首ごと視線を回すと、そこには――……
ミラが、俺の背中に乗っていた。
そういう、ことか。
俺はミラが石だたみのどこにいるかを絞り込むため声をかけたが、あえて応えた。
起こした風も全部計算通り、自分がいる場所はここだと注力させるために。
宙に浮き、俺の視界から一瞬消える。
風魔法を使うとあらかじめ読まれていた。読まれた上で、ローブを使い注意を反らし――
俺が攻撃に転じた瞬間にまさに彼女は浮かんだ魔法を解除して上から降ってきた。防御壁は人体そのものには無効だからできた技。すべて計算通りに……。
たったそれだけの、本当に簡単なトリックだが。
どうせあんなのが勝てるわけないと、俺が気を抜いた結果でもある。
そこまで考えて、俺はふと手のひらの感触がおかしいことに気が付く。後ろに回った手のひらで、恐らく彼女の体の中で一番心臓かつ柔らかい箇所をしっかりと握っていて――。
マズイ。思わず、手を離したが後の祭り。
ミラは黙ったまま、ゆっくり俺から降りたため、ようやく体が自由になって――恐る恐る起き上がった俺はミラに対峙する。怒りか、泣きか、肩がプルプルと震えて……。
「これは事故で……」
そして、ミラは腕にうねりをあげて、俺の頬をなぐった。