2.フラン=ベルジュ
「フランのクソ野郎‼」
私の絶叫は学園の教室内に大きく響く。
「ミラ、聴こえちゃうわよ――っていいたいけど席が隣だし、完全に本人にまる聞こえだよ」
「女の子がなんて言葉遣いなの……ほんと、黙っていれば可愛いのに」
私の友人のリディアとエリザはなだめるとように声をかけてきた。
さきほどの試合は、仮試合。本試験は一週間後で、しかも相手はくじ引きで固定されている。さらに付け加えるならば、あのフランと再戦である。いまだ誰一人勝てたことがないフランを相手に勝利したら実質1位となり、それで将来の職業が選べるようになるはずだ。そうしたらあの件も――。
「悔しすぎる! 次は絶対に勝つわ……クシュンッ」
「それは……無理じゃないかしら」
「絶対無理よ、あなたは私たちにすら勝てないのに」
くしゃみをしながら、ボロ衣と呼称するにふさわしきローブをちくちくと縫う。私はそうして涼しい顔をしたフランへ視線を投げる。焦げまくって穴だらけのローブは試合での苦戦する様子を示唆していた。先ほどの試合で体は冷え切っていたので、ひとまず手持ちのローブを必死の思いで繕うしかない。
「負け犬」
フランに手短に返され、ますます苛立ちが増す。
”学園一の最弱はミラ”といわれるほど私は、魔力が人より少ない。だからこそ、この魔法学校の実技テストではことごとく不利だった。
しかも対戦相手はこの性悪チート級のクソ野郎である。
魔法公務職は給与が高いので、将来を目指すうえでは有利であるのだが、私以外の家族全員は千年生きているというサウザンドラゴンにより殺された。亡くなった祖父が持っていたお金で、なにより祖父の遺言でこの贅をつくした魔法貴族学校へなんとか通っていたが、それも限界が近づきつつある。
必要な単位がもらえず私は魔法学校を留年――できればまだよかったのだが、このままではここを辞めて働くか、結婚でなんとかしなければならない。
「このままじゃ困るのよ、本当になんとかしないと就職先が決まらなくなるもん……」
「でもミラならなんとか玉の輿に乗れるんじゃない?」
「フランなんてまさに顔良し家柄よし将来性もアリじゃない? 試しに色仕掛けしてみれば?」
たとえ顔立ちと家柄がよかろうが、あの嫌みな性格では全力でお断りしたい。
先ほどの言葉を思い出し、再び隣の席で涼しく座るフランを睨みつける。
その言葉を聞いていたフランからの回答は――
「だとしても絶望的に色気が足りないな」
「うるさいわね!」
私の怒りは頂点に達し、思わずフランの机をバンと叩いた。
栗色の髪の毛に、大きな瞳。そこそこに人気がある……はずだ。見た目だけならば。
いつか誰かに「言葉遣いと家の貧乏さで残念。一生恋人は望めなさそうなミラ」といわれたこともあるような気もしたが、もう記憶の彼方にいってしまった。呼称長いわ!
「負ける気がしないなら、ハンデをちょうだい? 例えば私があなたに触れたら勝ち、とか」
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
「あら、最強っていわれてるあなたが私程度に負けるのが怖いのね? でもこんなに可愛い女の子が必死に頼んでるんだから、少しくらいハンデをくれたっていいじゃない」
「可愛い女の子……? いや、まさか……それで色仕掛けのつもりか……? びっくりするくらい全然駄目だけど」
「失礼ね! どちらかといえばこれは挑発よ!」
真剣に私を見て考え込むフランを張り倒したくなってきた。落ち着け、私。
「うふふ、私みたいな……か弱い女の子に負けるなんて、悔しいものね? ハンデすらも厳しいわけ……さすがのあなたでもね――ハックシュン!」
私は顔をゆっくり上げ、改めて挑発の態度を取る。結局、くしゃみで台無しではあったが。
しかし見透かされているらしく私の言葉に眉一つ動かさない。フランは物言わず席から立ち上がり私を瞳に捉えた。
悔しいがさすがに彼の方が身長はいくらか高い。私を見下したように視線を落とすと、私の顎をぐい、と人差し指で押し上げた。
青い海のような瞳は、まっすぐに私の顔を覗き込む。思わず雰囲気に呑まれそうになり、ぐっと息をこらえた。
「……ありえない。でもその提案と見え透いた挑発に丸ごと乗るのは癪だ。それなら――妥協点でかすり傷ひとつでも負わせたら、そっちの勝ち。それでどうだ?」
「ええ、ありがとう。あとついでにお願いがあるんだけど」
私はフランの顔が近かったことに少しだけ動揺し、彼がつけている賢者アレスのピンバッジをじっと見つめる。
「買ったら、あなたがいつも着けているピンバッジを私にくれない?」
「ピンバッジ? なんでだよ。俺の着けてるのが欲しいとか……もしかしてお前、マジで俺のことめちゃくちゃ好きなんじゃ――」
「違うわよ! 私は賢者アレスのファンなの‼」
「……ふぅん?」
フランはしばし考えた後、いいだろう、と頷いた。
私は心の中でガッツポーズをしたが、傍目には気づかれてないはずだ。
このハンデで十分――というより、これだけのハンデをもらって、勝てなければ私の実力も運もなかったということだろう。仕方がない、その時は頑張ったのだが無理なのだと、きっぱりとすべてを諦め学園を後に働こう。
「一週間後の再戦が楽しみだな、ミラ。ところで」
「なによ」
「ずいぶんと肌が冷えてるし、さっきから寒そうだな。もしかして新しくローブを買う金もないのか?」
「寒いのはあなたの氷魔法のせいでしょ! それに、あなたが燃やしたこのローブはおじいちゃんの形見なの! だからずっと大切に使ってるんじゃない」
「……それは悪かった。じゃあ、これでも着てくれ」
そういって、フランはバツが悪そうに脱いだ自身のローブを私に羽織らせてきた。
少し――いやだいぶ大きめサイズなローブは、私のくるぶしまで覆っていく。フランの香気に包まれ、それが鼻に届き妙に落ち着かなくなる。おまけに脱ぎたてだからか、やたらと温かい。今は冷えているので、助かりはするが――。
「気を使ってるの? 珍しい。でもなんで、あなたのお古を私がもらわなきゃいけないのよ」
「大事な形見を燃やしたのは俺だしな。というか、お前ごときに新品のローブなんて勿体ないだろ。試合までに風邪をひきたくなきゃ着とけ」
口が減らないとはこのことか。
失礼な、と返したかったが開いた口が塞がらない。
要らないなら私が欲しい、という周りのフラン好きの女子生徒たちがやかましいが、私もとりあえず肌寒いのは困るので周りのコメントはすべて無視した。
「よろしく。首を洗って待っててよね」
そう私が返し、フランのローブに包まれぬくぬくしていると、フランは物言わず肩をすくめた。