1.最弱と最強
「弱すぎる」
あどけない少年から精悍な男性へと変わりゆく頃合いの男の子は、賢者クラス。学園内――いや世界でも最高峰の魔力持ちだ。
幻想的な月夜を感じさせる青みを帯びた銀の髪と秀麗な顔立ち。すぐに壊れる玩具でも見つけたといわんばかりに浅く薄く笑い、黒い魔術ローブが風でなびき揺れていた。
彼の名前はフランベルジュ――通称、フランである。
波打つような刀身の両手剣がその名で存在するらしいが、フランはそれに似て髪の毛はほんのりとウェーブがかかっていた。
海のように澄んだ彼の青い瞳に映るのは、ぼろぼろの魔導士ローブに身を包み肩口にかかる程度の栗色の髪の麗しき女の子――といわせてほしい、それが私ミラだ。
白く広い石だたみの学園内コロシアム、その中央に私たちはいた。
「ミラ、弱すぎて話にならない。魔法で勝てないことは火を見るより明らかだろう。早く音をあげないとまるごと燃やすぞ」
言葉をかけられ、さきほど私のローブの一部がこげついたことを思い出す。
低く静かな声音ではあったが、クラスメイトに対してなんと容赦ないひとことであろうか。
「フラン! せっかくだから燃やすなら服だけにしてくれ」
野太い声で場外からチャチャを入れられた。
フランは一瞬眉をひそめた後、声がした方へ手を上げると爆炎の魔法を放った。炎は私が目で捕えるより早く、男性をゴウッと一瞬で燃やす。どよめく場内だったが、炎が消えると声の主は服だけ燃えて肌着一枚ほぼ丸裸のまま……声を出せずに絶句していた。
「ああ、違った? てっきりお前の服を燃やしてほしいのかと思った。――これ以上外野がしゃべったら今度は肌着も燃やしてやるからな」
冷え切った声でフランは続ける。
身体への火傷はなさそうだが――さすがに心に傷を負ってそうだ。同情の余地はないが。
「さて」
それにしても発動も威力も段違い。
誰も魔法の発動に気づかなかった。
そのくらい彼の魔法は頂点に達していて、まさに『賢者クラス』にふさわしい魔術の持ち主だ。
「それで、ギブアップでいい? ミラ。例え癒しで治ったとしても女性を痛めつけるのは好きじゃなくて」
彼の無駄なおしゃべりで私の詠唱は完了している。
フランに向け、土の魔法を放った。
地を這うように彼の足元へと及び、石だたみは複数盛り上がりフランをまるごと包み込む――はずだった。
彼はあっさりと宙に浮き逃れると、私に一気に距離を詰める。
この、無詠唱男が!
しかし私も無策ではない、短詠唱の防御壁の魔法はすでに詠唱完了している。迎撃しようと繰り出したが易々と破壊される。
「その程度か」
目の前に降り立つフランは無防備だ。
とはいえさらに次に詠唱をしようと思った時にはすでに遅く、フランはもう魔法を繰り出せないように私の腕を取るとそのまま後ろ手に回される。ギリ、と絡めとられ痛みが走った。
「……ギブアップは?」
「痛い、けどまだしない」
「ふぅん」
フランはそのまま空いた片手で指をくるりと一回転させる。
すると私の足元から徐々に凍っていき、ついには――全身が薄い氷に包まれ動けなくなってしまった。一定時間視界にとらえれば、敵を凍らせることができる魔法だ。
無詠唱かつ強力魔法のチート級の彼に比べ、私はほとんど詠唱ありの簡単魔法しか使えない。
……実力差が、ありすぎる。
涙も出せない私の額の部分をトントンと指でつつく。
パキンと頭から顔にかけての氷が割れ、そこでようやく息ができるようになった。
「こんな簡単にやられちゃって可哀そうに。やっぱりクラスの中で……いや、世界一の弱さだね。ミラ」
私の耳元でそうやってフランは呟き見下したように一笑すると、興味をなくしたように去っていった。