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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
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0-9.千乗階段とノダナ族②

 コテツは咄嗟に千乗階段を見上げた。

 人が落ちるならば千乗階段か、次に山の斜面だ。


 千乗階段を、オレンジ色のボールのようなノダナ族が転がって来ている。

 ボールのように張り詰めるほど、何が詰め込まれているのかはわからない。

 はっきりしているのは、ノダナ族が坂を転がるボールさながらの勢いで、コテツめがけて一直線に迫っているということだ。


「おいおい! このままじゃ」


 登ってきた階段を振り向くと、少なくとも数十人の観光客がいた。

 こちらを見上げ、驚愕する人々の中には子供連れも見える。

 手のひらに拳を打ち据え、自らを鼓舞する。


「くっ! やるしかねえ! 変な方に跳ねるなよ! ボール!」


 左足を一段高く置き、半身に構えて腰を落とす。

 直撃の瞬間、跳ね上がって頭上を越えないよう祈り、待ち構えた。

 回転するオレンジ色のリュックから、鋭利に飛び出るツルハシが見える。

 祈りを捧げる先が増えてしまった。


「クソ、頼むから俺に刺さるなよ!」


 勢いを増して回転するノダナ族を、両手で受け止めるコテツ。

 想像以上の衝撃に体が浮き上がり、宙を舞った。

 為す術のない空中で、衝撃に備え、覚悟を決める。


「うおおお!」


 運よく、姿勢を崩さぬまま両足が石階段に触れる。

 咄嗟に踏ん張り、数段ずれ落ちながらも耐えきった。


「ふう……」


 コテツは大きく息を吐いた。

 額に冷や汗がにじむのを感じながら、ゆっくりと両手で抱えた大きなリュックを石階段に下ろす。


「だ、大丈夫か……?」


 これだけの勢いで転がった当人は無事なのか。

 大きなボールにしか見えなかったオレンジ色のリュック。

 上下の向きを探り当て、コテツは慎重に石階段へ据えた。


 幼児ほどの背丈のノダナ族が、石階段にちょこんと座る。

 近くで顔を覗き見ると、猫のような鼻梁の先端に、子犬に似た黒い小さな鼻がついていた。

 黄色いヘルメットの端から、長毛種の犬にそっくりな飴色の体毛と、垂れた耳の先端らしき突起が飛び出している。

 近くで見るその姿は、コテツが思っていたよりもずっと小柄だった。


「ふらふらなのだな~」


 弱々しい声のノダナ族。

 会話ができそうだ。

 コテツは一安心したが、同時に驚いた。


「けっこうな勢いで転がってたぞ。怪我はないか? 痛いところは?」

「いたくないのだな。めがまわったのだなあ」

「目が回っただけ? 大けがしててもおかしくないぞ……?」


 よくよく見れば、三等身弱の小さな体とは言え、ノダナ族は獣人。

 人間の常識は通じないのかもしれないと、コテツは考え直す。

 ようやく人心地がついたコテツとノダナ族。

 観光客たちが二人の脇を通りすぎていく。

 何人かの観光客が足を止め、コテツに声をかけた。


「どうなることかと思ったよ!」

「その服、ユニオンの隊員さんだろ? さすがだねえ」

「ありがとうね。ノダナ族さん、よたよたしてて心配だったのよ~」


 礼を言う人や、コテツを称賛する人たち。

 コテツも安堵しつつ、無事にノダナ族と観光客を守れた高揚感から上機嫌で対応した。

 一方ノダナ族は、短い脚を広げて座り込んだまま笑顔で空を見ている。

 観光客と言葉を交わすでもなく、まるで日向ぼっこでもしているようだ。

 ふと、ゆったりとした動きでリュックを下ろし始める。


「ノダナ族ってのはマイペースなんだなあ。ま、誰も怪我しなくて良かったよ。……俺にツルハシも刺さらなかったしな」

「のだなあ」


 相槌を打つノダナ族。

 その体に不釣り合いな、大きすぎるリュックが気になって仕方なかった。

 幼児サイズのノダナ族の倍以上はある。


「何をそんなに背負いこんでるんだ? ぶつかった感じ、固くはなかったけど」

「とらないでほしいのだな」


 ノダナ族はふらふらと体を起こすと、リュックサックにしがみついた。

 荷物を大事そうに抱えるノダナ族。

 奪われる心配をしているのだと気づき、コテツは慌てて両手を振って否定した。


「盗らない盗らない。ただ、荷物が多すぎて登れないんじゃないかって」

「ふらふらなのだなあ」


 ノダナ族はのそのそと起き上がると、ゆっくりとした動作で階段に座り込み、自分の体よりも大きなリュックサックの口を開ける。

 コテツは開いた口から中を覗き込み、呆気に取られた。


「うわ……全部、ドーナツ? 嘘だろぉ」

「ドーナツうまいのだな」


 疑問はドーナツの味ではない。

 この非常識な量をリュックサックに詰め込んでいること自体が理解できず、わざわざ背負ってまで千乗階段を上る様が奇怪なのだ。


「ええ~? ほんとに?」


 納得いかないコテツの様子に対してかは不明だが、ノダナ族はおもむろにドーナツの中に手を突っ込むと、ガラス瓶を引っこ抜いて見せた。


「はちみつもあるのだな。われたらかなしかったのだな」

「……ドーナツにかけて食べるの?」

「なのだな」

「そっか……そうか」


 ノダナ族は争いごとを好まぬおとなしい種族だと、コテツは誰かから聞いたのを思い出した。

 そして大いに食いしん坊であると。

 彼らは、こういう生態なのだろうと納得して頷く。


「見せてくれてありがとな。ま、上にいくなら手を貸すぞ」

「なのだなあ。たすかるのだなあ」

「おう、ほれ」


 コテツは笑顔で手を差し伸べた。

 ノダナ族はコテツの手を掴もうと、幼児のような小さな手のひらで空中を搔きながら、よろよろと立ち上がった。

 小ぶりな体型の割に、指先には立派な棒状の鉤爪が付いており、コテツはその爪の大きさに少し驚いた。


 クマのような爪だなと、コテツは感心する。

 当のノダナ族は、物珍しげに自分の手を見るコテツなど気にも留めず、コテツの手を掴むと、次に彼のタクティカルパンツを掴んだ。


 隊員用にあつらえられた厚手で丈夫な生地を、ノダナ族自慢の鉤状の爪がしっかりと掴み、のそのそとよじのぼりはじめる。


「おいおい! まさか、俺に乗っていく気か!」

「なのだなあ」

「なのだなあじゃなくて! うおっ」


 身長は幼児程度だが、ノダナ族とそのリュックサックは見た目以上に重く、背面から登られるコテツはバランスを崩しかけたが、前傾になってなんとか踏みとどまった。

 階段で倒れるという事態は避けられたが、前傾時に勢いをつけすぎたようだ。

 反射的に、ジャケットを掴むノダナ族の手にも力が入る。


「あ! 今、ビリっていったぞ! 絶対破れた! 爪で! 制服が!」

「ごめんなのだなー」


 全く悪びれた様子のないノダナ族の謝罪。

 コテツは、ノダナ族というものが、少しずつ理解できてきた。


「もしかしなくても、ノダナ族ってのはマイペース極まりないんだな」

「のだなあ」

「そういや、名前はなんて言うんだ? あ、俺はコテツ」

「のだな~。コテツなのだなあ」

「のだなーじゃなくて、名前だよ」

「のだなあ」

「……のだな」


 のだな、しか答えないのでコテツは諦めた。

 よじよじと上り続けたノダナ族はコテツの肩の上に落ち着いたが、背負ったリュックサックのせいで、立ちながらバランスを取るのが非常に難しかった。


 コテツは降りるのをぐずるノダナ族を下ろしては、再度持ち上げるという行為を繰り返す。

 リュックサックはコテツの前面に、ノダナ族は肩車することで、やっと落ち着いた。


「はあ、はあ、階段上るよりも体力使った気がする」

「のだなあ」

「ま、いいよ。んじゃ、行くぞ」

「のだなー」


 頭頂部にふんわりと置かれたノダナ族の両爪を感じながら、コテツは階段の左端にある手すりを頼りに頂上を目指す。

 途中、すれ違う観光客や、追い抜いていく観光客がコテツとノダナ族に興味を引かれた。

 特に子供に大人気であり、ノダナ族見たさに何度も傍に寄ってきた。


「なにこれ~」

「あ、ノダナ族! 絵本以外ではじめて見た!」

「パパ、あれアタシも欲しい!」


 思い思いの言葉を口にする人々だったが、当のノダナ族は夢うつつだ。

 コテツは額に滲んだ汗を手で拭うと、長い石階段を見上げた。

 階段を上っていく観光客達の背が徐々に離れていく。

 彼らが目指すのは、クロイド遺跡の最上部にある護国王(ごこくおう)の祠だ。


 階段を登り景色が流れていくと、山肌の斜面に沿って張られた二本の金属製ケーブルが姿を見せる。

 ケーブルにぶら下がったユニオン隊員が、軽快なエンジン音と一緒に傾斜を昇っていった。


「第一支部に寄って、PFGを使えばよかったけど……」


 徐々にコテツの呼吸が荒くなっていく。


「ふう、ふう、ま、PFGを使ってたら、ノダナ族を助けられなかったか」


 コテツの背後から、階段を一定のリズムで駆け上がる足音が聞こえる。

 軽やかに登ってくるのはマダムだ。

 スポーツウェア姿の彼女は、あっさりとコテツを追い抜いた。


「会うとは思っていたけど、珍しいお友達も一緒ね。一人で平気? 手を貸しましょうか?」

「こ、こんにちは。平気っす! これもトレーニングになるんで!」

「そうかしら? ……あ、そうだ」

「はい?」

「カンカラさんにご飯のお誘いを受けたの。コテツ君もいらっしゃるかしら?」

「え!」


 刹那の逡巡。

 コテツは首を横に振る。


「いえ! カンカラ社長の晴れ舞台を邪魔できないです! ご遠慮します!」

「ふふ、殊勝ね。じゃあ、またの機会にね」

「は、はい!」


 息を切らすコテツに、マダムは一瞬振り返って微笑み、階段を一気に駆け上がっていった。

 コテツは気合を入れ直し、階段を駆け登るマダムの背を追う。


「ふうふう、ま、タフさはユニオン隊員の必須スキルだからな! これくらい!」

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