0-8.千乗階段とノダナ族①
アウルカ国ゴカ村の北西、山の中腹にクロイド遺構群はあった。
石造りの遺跡が密集している地帯だが、100年ほど昔はクロイド丘と名前があるだけで、長らく土地の人間以外は知りようがない場所だった。
ゴカ村を一望できる丘の未舗装路。
コテツは林道を小型モービルで移動していた。
山稜地帯の一画、すり鉢状の窪んだ大地の中にぽつんと置かれた山を削り、切り拓かれた場所にゴカ村はある。
開拓された平地からは、山の頂部分がよく見えた。この頂を、地元の人間はギンノウ山と呼んでいた。
ギンノウ山を右手に臨み、左手に広がる市街地。
コテツの走るモービルは森林特有の清涼な風を切り、クロイド遺構のあるギンノウ山へ向かう。
「森の空気は冷たいな」
木々の合間から流れ出る清涼な風に、コテツは呟く。
ゴカ村のある場所はもともと、自生するリンゴ林とハチミツ多く取れる自然豊かな土地だった。次第に人々はリンゴを栽培し、養蜂で生計を立てるようになったが、リンゴ栽培と養蜂が本格化された50年ほど昔、クロイド丘は大地震による大規模な地滑りに見舞われた。
もともと三千m級の標高があるゴカ村は交通の便が悪く、やっと軌道に乗ったリンゴ栽培とはちみつ養蜂が全滅し、ゴカ村の存続が危ぶまれたが、地滑りの後に大規模な遺跡が発見されたのだ。それがクロイド遺構。
クロイド遺構は千年以上も昔、石造りの精巧な建築群であり、アウルカ国に伝わっていた護国王伝説を裏付ける証拠が発掘されると、知名度は瞬く間にアウルカ全土へ広がった。
今ではゴカ村と言えばクロイド遺跡巡りツアーである。
丘の中腹にある林道から見下ろす市街地の主要道路は、観光用の大型バスで埋め尽くされていた。
「今日も観光で賑わってますなあ」
コテツの走っている林道には大型バスは入れない、混雑ぶりは他人事だ。
林道を抜け、クロイド遺構の裏口へ進む。
木々を抜け開けたと思うと、そこには片麻岩の石ブロックで形成された、長い石壁が横たわっていた。この壁こそクロイド遺構の外壁だ。
片麻岩の石肌は白を基調とし、黒に近いミッドナイトブルーの角閃石の帯を巻く。大地の年輪を編み込んだ縞模様には、山稜の神々の息吹が宿っていた。
クロイド遺構では現在も発掘調査が続き、発掘完了している居住区は観光の目玉としてにぎわっている。
外壁沿道を通り、クロイド遺跡の外枠を移動するコテツ。
軽快に走るモービルは、観光客でごった返すクロイド遺構市街地を避け、千乗階段まで一直線だ。
燦燦と降り注ぐ日差し。
空の頂点に登りきった太陽が、升目状に建てられた建築物跡をはっきりと映し出す。アウルカ国内外から訪れた観光客のほとんどが、ここクロイド遺構・居住区にいた。
居住区を貫く中央大通りは、千乗階段へと続いている。
ユニオン隊員用の駐車場へモービルを停めたコテツは、観光客でひしめく遺構を背に、長い長い千乗階段を登っていた。
夜勤明けで若干の疲労を感じてはいるが、石階段を踏みしめる足取りは軽い。
千乗の名を冠するこの階段はまさに巨大、幅は現代の戦車でも五台以上は止められるだろうし、段数は5,555段を誇る。ギンノウ山に山頂へ続く果てしない道のりを、多くの観光客が行き交っていた。
そんな中で、数十m先にオレンジ色の丸い物体を見つけた。
「でかいボールが、階段を登って……?」
クロイド遺構の中でもとりわけ存在感の大きい千乗階段だが、多すぎる段数故に観光客の誰もが挑戦するというわけではない。まばらな人の流れ中で、のそのそと動くオレンジの丸い物体が、ゆっくりと階段を登っている。
周囲の観光客は、オレンジボールを見ては笑顔を向けた。
なぜ笑顔なのかと思ったコテツだが、オレンジボールが横を向いたおかげで、すぐに疑問が解消する。
ボールに見えていたのは、大きなリュックだった。
「珍しい、ノダナ族だ」
ノダナ族は獣人族の一種。背丈は個体差がほぼなく均一で、頭が大きく三等身ほどだが、人間の幼児程度の身長しかない。また、顔立ちも似通っていて、個人を見分けるのが難しい種族だ。そのノダナ族が、自分よりも大きなリュックを背負って千乗階段を登っていたのだ。
階段にぼうっと立ち尽くしているノダナ族は、トレードマークである黄色いヘルメットのツバを持ち上げて、階段の上を羨望と諦めのまなざしで見つめていた。
「もうむりなのだな~」
ノダナ族は弱音を吐くと同時にその場に座り込んでしまう。
コテツは心配そうにノダナ族を見上げる。
「あのなりであんな大荷物じゃあ、この階段はきついだろうに」
空に向かって幾重にも折れ連なる千乗階段。昇り慣れたコテツでも、目の前のノダナ族のように、自分より大きな荷物を持っていては苦労するだろう。
「上で店を出しているなら、貨物用ケーブルカーを使うって手もあるだろうけど」
貨物索道は景観の関係上、千乗階段から死角になるよう配置されている。今いる位置からは見えないが、ケーブルカーの姿を求めコテツは無意識に斜面右手を見た。
岩と石だらけの山肌ばかり。動くものは特になにもないが、エンジン音がこだまし、何かが下方から上方へと高速移動しているのが聞こえた。
コテツはこの音の主を知っていた。PGF(Powered Footstep Gear-01)だ。
「あー、PGFか。ここのは俺もまだ使ったことないんだよな。いいなあ」
斜面を軽快に登る様を想像してうっとりするコテツの耳に、環境客の悲鳴が響く。
「きゃー! 人がー!」
「人が落ちたぞー!」