0-7.ユニオン第三支部②
コテツは小走りで武器庫へ立ち寄った。
武器庫内にはロッカーや棚が並び、壁にはライフルがずらりと並ぶ。
コテツはホルスターごと拳銃をベルトから外すと、金属製のロッカーの引き出しに保管した。引き出しをしまうと,保管棚の上に置いてある台帳がちょうど目に入る。胸の高さにある台帳をちらりと見て足を止めたコテツだが、何をするでもなく、台帳を素通りして部屋を出た。
隊員たちが着替えるロッカールーム。
入って右側に扉が一枚あり、それ以外は両壁に個人用の長方形ロッカーが並んでいるだけだ。
隊員たちの体臭や衣服の臭いが充満し、室内は軽くむせ返る空気で満たされている。
立ち並ぶロッカー左列の中央、コテツが自分のロッカーを開いて着替え始めると、入口横の扉から黒いタンクトップ姿のアリスカが出てきた。
男性ロッカーの奥に女性隊員用のロッカーが設置されているのだ。ここ第三支部は一から七ある支部の中でも古い建築物で、こうした不便な間取りが多い建屋だった。
当のアリスカ小隊長は男勝りな性格でそんなことは意に介しておらず、堂々と男性ロッカールームを横切る。逆に男性隊員の方が、タクティカルパンツと露出の多いタンクトップ姿で出てくる彼女を意識してしまっていた。
いつも通り堂々とした佇まいのアリスカ小隊長、コテツが一人着替えているのに気づく。
「おう! コテツ、イツキ隊長となんかあった? 追加のお説教?」
「あ、アリスカさん。いや、カンカラ社長は元気かって」
「おやっさんならいつでも元気でしょうよ」
コテツ、アリスカの言葉を聞き、にやりと笑った。何も言わずに笑っているコテツの姿に困惑するアリスカだが、すぐに気が付いた。
「え、何よ? ウチなんかした? ……あ! おやっさんじゃなくて社長だ!」
「ははは、わかります。俺もさっき隊長と話してた時に、ついおやっさんって」
「それー。家でずっとそう言ってたからさー。社長なんて言いなれないのよ」
アリスカの言う家とは、孤児院などの施設のことだ。ゴカ村は戦災孤児などが多く流れ着く土地だった。そんなゴカ村では、カンカラ社長の運営する孤児院出身の物が多く、同じくカンカラ社長が資金を多く提供しているユニオンは、人気の就職先だった。
アリスカもコテツも例の漏れず、その流れでここ第三支部にいる。
「アリスカさん、さっきの、中隊規模のって……エンブラですか?」
「追加情報はまだだが、状況からしてエンブラだろ。重銀を嗅ぎつけて、最短距離で来たってとこだ」
「エンブラめ、来るなら来い! ゴカ村は絶対に俺が守ってやる!」
コテツは右こぶしを握りこみ、力いっぱい手のひらを打った。
「そう力むな。さっき言っただろ。情報を待て」
「うっす!」
「で、コテツこのあとは? いつもの?」
「あ、そっすね。ゲン爺と一緒に祠の掃除です」
着替えながら答えるコテツ。
隊員服を脱いでいたが、ロッカーから取り出して再び着始めた。
「毎日偉いねーって、なんでもう一回着るの?」
「どうせならこのまま着て、んで、帰ってから洗おうかなって」
「あー、それもありだ。で? 今日は遅番だったし、このあとはカガミちゃんも一緒?」
「一緒です。なんか用があるからって、護国王広場で待ってるらしいんで」
「そう。夜も勤務だから、早めに切り上げなさいよ。あ、ウチは今夜非番だから」
「了解です!」
帰ろうと歩き出し、上げかけた手をぴたりと止めるアリスカ。
「あ、コテツ。装備返したらちゃんと管理帳に記録しておくように。コテツの記帳漏れが多いぞ」
「あ、書くの面倒で」
つい本音で答えてしまったコテツをアリスカが睨む。
すぐさま言い直すコテツ。
「き、気を付けます!」
眉間にしわを寄せ、前傾姿勢でコテツをねめ上げるアリスカ小隊長。
胸元に垂れた銀髪のポニーテールが揺れている。
「いいのかあ? 次もやったら、第三支部隊員に大人気、全トイレの掃除当番一週間コースにご案内するぞ? ああ、なんだか武器庫の空気を吸いに行きたくなってきたなあ? 禁煙のせいか、硝煙の香りが恋しいぜえ?」
動揺して泳ぐコテツの眼。
「あ! いや、ちょっと! 武器庫! 汚れてたんで、片付けとかやっときます!」
コテツは着替え終えると、勢いよくロッカーの扉を閉め、姿勢を正すとアリスカ小隊長に向き直る。その様子を見て、コテツを睨み上げていた彼女はパッと笑顔を見せた。そしていたずらっぽい口調で。
「本当に掃除だけか~?」
「い、いいえ! すぐに書いておきます!」
コテツの答えにアリスカ小隊長は噴き出し、入口を指さした。
「あっはっは! 正直者は許す、行け!」
「ありがとうございます!」
コテツは全力で駆けだすと大急ぎで廊下を走っていった。その様子を見て笑うアリスカ小隊長は、堂々とした足取りでロッカールームを後にする。