0-6.ユニオン第三支部①
唸りを上げるモービルのエンジン音と共に、コテツがユニオン第三支部の車庫へ飛び込んでいった。
急速なシフトダウンで限界近い回転域に入ったギアと、急ブレーキでロックされたタイヤがコンクリートにけずられ、車庫内には悲鳴のようなけたたましい音が響く。
モービルから飛び降りたコテツは、車体のフレーム部に差し込んでおいた刀を回収し、ヘルメットを乱暴にハンドルにかけた。グリップ部からずれ落ち、地面に落下したヘルメットの音に一度車庫内を振り向き、並んだ十数台の車両に目をやる。
使い込まれたモービルの群れ。その中に、ひと際大きな車体で、ピカピカの新車が三台あった。フロントタイヤの、大きなブロックパターンが、強烈な存在感を醸し出している。
「GLANDIAもいいけど、こういうワイルドなのもいいんだよなあ……って、見てる場合じゃねえや!」
コテツは走り出すと車庫を駆け抜け、支部内へ続く扉へ飛び込んだ。
扉の先は広い居室に直結しており、デスクの取り払われたスペースには、すでに二十人弱の隊員が整列していた。
居室に飛び込んできたコテツに、銀髪ポニーテルの女性小隊員アリスカ声を張り上げる。
「コテツ! あとはお前だけだ! 駆け足!」
「すいません!」
列の最後尾へ走るコテツ。整列していたほかの隊員たちはコテツを横目で見て一瞬表情を崩したが、すぐに気を引き締め、正面に向き直る。
アリスカは全員が揃い整列したのを確認し、向かって左端後ろに立つコテツを睨む。
「それと! 車庫入れは余裕をもって、迅速丁寧に行え! いいな!」
「はい!」
「こっちは禁煙中で気が立ってるんだ! ボケっとしてんなよ!」
「は、はいぃ!」
整列した隊員たちから一歩前に立つのは小隊長の二人。コテツをたしなめた、艶やかな銀色のポニーテールが目を引く女性小隊長アリスカと、穏やかな笑顔を浮かべる白髪交じりのベテラン男性は、小隊長イツキだ。
アリスカは女性ながら、体格の良いイツキと背丈がかわらない。目じりの笑い皺が温和さを物語るイツキとは対照的に、アリスカは切れ長で釣り目の大きな瞳が、若さと覇気を感じさせる。
イツキ小隊長はコテツを一瞥したあと、顎の無精ひげを撫で、アリスカ小隊長を見る。
「やんちゃ坊主が揃ったところではじめましょうか」
「はい。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
「す、すいませんでした!」
コテツの最後列から飛ばされた謝罪にイツキは笑い、上長であるアリスカはため息をついた。アリスカは整列した隊員たちの顔を見回し、大きく息を吸う。
「よし! 交代ミーティングを始める! 北西の国境付近で中隊規模の目撃情報があった! 詳細は不明! 詳細は続報があり次第伝える! 以上! 次、整列順に報告!」
アリスカから見て、最前線列右端の男性隊員が報告を始めた。
「はい! 市街地北1区に特に問題ありません!」
「住民に変わった点は?」
「いえ、異常ありませんでした!」
「よし、次!」
アリスカ小隊長に対し、整列する隊員が続々と報告を行った。
遅刻してきたコテツも「特に異常なし」という内容のみを伝え、すんなりと報告を終える。
交代ミーティングが終わると、散会した隊員たちは更衣室に向かっていった。
同じく居室を出ようとしているコテツを、イツキ小隊長が呼び止める。
「コテツ、おやっさんは元気にしてるか? 最近会ってなくな」
「はい。おやっ……あ、カンカラ社長はいつも通り元気です。ちょうどさっきも会って」
言い直したコテツに小隊長が笑う。
「はは、俺も駆け出しのころに怒られたよ。おやっさんじゃねえ! 社長と呼べ!て。あの頃は社長になり立てだったから、余計に言われたなあ」
カンカラ社長を真似た低い声色で言うイツキ小隊長の姿に、コテツも笑う。
「そうなんですよ。去年まではおやっさんって呼べ!って言ってたのに」
「あれがあの人なりの教育方針なんだよ。わかりやすいと言えばわかりやすいんだな。で、カンカラ社長、何か言ってなかったかな?」
「特に何も……。何かあったんですか?」
「電話でな、運用が始まった隊員用の個人搬送設備の感想はどうだって聞かれてね」
「設備って、えーと……」
「七支部あるだろ? あの時のやつだ」
「あ、PGF! 各支部と要所をPGFで繋げるとき、第七支部も建ててましたね」
「PGFじゃなくて、PFGな」
PFG(Powered Footstep Gear-01)は、金属ワイヤーなどで作られた索道を、双方向に移動できるように設計された、個人用の兵士輸送用簡易移動装置。端的に言えば、ジップラインに棒をぶら下げ、小型エンジンをつけて移動できるようにした代物だ。
「ちなみにな、索道部分のワイヤーを張る設備や業者手配その他もろもろ、第七支部自体の建設含めてまとめておやっさんが出資してるらしい」
「ええ、すっげ! 一体いくらになるんだろ」
「まあ、軽く億は行ってるだろうな。第一支部からクロイド遺跡直通のアレだけで一千万ギンは超えてるって聞いたから。資金集めにしたって、おやっさんに直接儲けなんてないのに、すごいことだよなあ」
思わず「へえ」と感嘆の息がもれるコテツ。
「あ、慈善事業は快感だって」
顎髭を撫でていた手を肩に当て、笑うイツキ。
「はは、まだ言ってるんだ、そのセリフ。まあ、正直なとこを言うと、周りに勘違いされるからやめてほしいんだがなあ」
イツキの笑顔につられコテツも笑い、後頭部を掻く。
「そうですね。いいことしてるのに、変な目で見られそうで心配です」
「まあ、おやっさんのことだから気にしないだろうけど。と、長々と引き留めて悪かった。あとは俺たちが引き継ぐから、コテツはゆっくり休んでくれ」
「おいっす! イツキ小隊長もお疲れ様です!」
敬礼を交わし、二人は居室をあとにする。