1-24.おちょくる男
まばゆいオレンジの光が満ちる、黄金郷めいたエントランスホール。
二十階から一階までの吹き抜けを貫くように吊るされたシャンデリアの下で、グエンはベンチに腰掛け、三mほどある王族殺しの銅像を眺めていた。
赤銅色の銅像は威風堂々たる出で立ちで、右手に抜き身の剣を天へ掲げ、左手には女の生首を抱えている。
グエンは足を組み、右手で頬杖をつくと、銅像のポーズに困惑していた。
(これが俺……の銅像なのか。俺がヒルドと戦っているところを見ていたやつなんていたかな……。想像で作ったんだろうが……。女の生首を小脇に抱えて、あんなに爽やかな笑顔をするやつがいるか? しないだろ、普通は……。これを考えたやつはどういう心境で作ったんだ。どんな性癖だ。銅像にしてくれるのは嫌じゃないがなあ、これはなあ……)
ため息をつくべきか、微笑むべきか。
反応に困っていると、青いツナギ姿の初老の清掃員が、清掃道具一式を抱えて銅像の前へ現れた。
銅像の台座から、絞った雑巾で磨いていく清掃員。
丁寧な手つきに見入っていると、突然、横から野太いだみ声が響く。
「おおおお、いたいたいたあ! そこの赤い髪のお! 君があグエンかあ!」
名を呼ばれ、何事かとグエンが振り向くと、足元から頭の先まで、純白のスーツと革靴、シルクハットに身を包んだ小太りの男性が歩み寄ってきていた。
金歯ならぬ、重銀歯で一揃えになった上下の前歯がギラリと光る。
彼の独特な出で立ちに、グエンは言葉を失う。
清掃員が彼に気付き会釈をするが、純白シルクハットの男は挨拶を素通りし、まっすぐグエンの側へ来た。
清掃員と小太りなシルクハット男、どちらも初老だが、並べば対照的な出で立ちだ。
ベンチに腰掛けたグエンの正面に立つと、シルクハットの男が白銀の前歯を見せて笑う。
「ぐあっはっはっは! 聞いとるぞお! あの若造に一泡吹かせたってかあ! いいぞいいぞお! クエスタ創始者にして会長、最高権力者であるこのローガー・クロス、お前のような跳ねっ返りの新人でも寛大な心でえ、大いに用いてやろう! 態度が良ければ、儂からの特別依頼をくれてやってもいい!」
グエンの答えを待つことなく、ローガーは矢継ぎ早にまくしたてた。
「しっかしあのヒッジス、たかだか四十半ばで本部長なんざあ小生意気にもほどがあるわ! 青二才の自覚をもって儂を敬うならまだしも、取り立ててやった恩を忘れとるわ!」
ローガーはスーツの内ポケットから葉巻を取り出し、吸い口を嚙みちぎると、そのまま床へ吐き捨てた。金のライターで火をつけ、葉巻に視線を落としながら怒鳴る。
「おい! そこの外輪! 仕事をやったぞ! さっそと片付けろ!」
「あ、はい。ただいま」
小走りで駆け寄り、初老の清掃員はローガーの吐き出したゴミをちり取りで拾う。
(なんだ、こいつは。ゴミがゴミを吐き出したぞ)
一言も発していないグエンは、呆れた表情でローガーを見上げる。
黙っているグエンの態度を、自分に対する従順さだとローガーは受け止めた。
「儂の威厳に圧倒されるのはいいがなあ、挨拶くらいはせんか! 若造!」
傲慢なローガーの言葉を受けて、グエンはおもむろに立ち上がった。頭一つ分背の高いグエンの方が、ローガーを見下ろす形になる。
「儂を見下すな! 尊敬の念が足りんわ! ったく!」
相手をする気になれないグエンは、清掃員が作業を続ける銅像に視線を移す。
怒鳴り散らした拍子で、葉巻の灰が床に落ちた。
ローガーはフロアが汚れることは気にも留めず、グエンが見ていた銅像に目をやる。
「おお? あの銅像が気になるか! あの若造が強引に推し進めた戦姫殺しとかいうわけのわからんやつだ。どうせ建てるならなあ! こんな胡散臭い男の像じゃなく、ダナートニア様の裸婦像でも建てればいいもんを! なあ!」
わざとらしく革靴の底を床に当てながらズカズカ歩くと、ローガーは銅像の前に立った。
清掃員が銅像の足を雑巾で磨いている横で、彼は口元から葉巻を外すと、にやりと笑う。
「無駄にでかいが、灰皿がわりにはなるわ! だいたい、少しは汚れとらんと掃除するにも張り合いがないだろ!」
磨き上げているのとは逆の足に、ローガーは葉巻の火を近づけた。
作業中の清掃員はあっと口を開けるが、抗議するまでにはいたらない。
葉巻の火が銅像に触れる直前、グエンの手のひらがその熱を受け止めた。
「な! 何をしとるんだ君は! ……ぬおっ!」
葉巻の火はグエンの肌に押し当てられて消えるどころか、瞬く間に燃え上がり、葉巻全体を呑み込んだ。
思わず手を離したローガーは、グエンの手中で炎に包まれ、灰になっていく葉巻に目を奪われる。
火を握ったまま、グエンはローガーに会釈した。
「わざわざ会長の手を煩わせるまでもありません。俺の手を灰皿にしていただければ」
「ぬお、お、おう! 若いの! いい心がけだ!」
やがて火は完全に消えると、グエンは手を広げて灰の塊をローガーに見せた。
「……熱くはないのか?」
ローガーは怪訝な表情で灰を睨んだ。
グエンは微笑み、うなずいて見せる。
素直なグエンの反応に、ローガーは満面の笑みで重銀の歯をむき出しにする。
「ぐあっはっはっは! 愉快なやつだ! 気に入ったぞ! こういうゴマの擦り方は初めて見たわ!」
立ち上る火こそ消えていたが、グエンの手のひらにはまだ赤い光があった。
手のひらと灰の接地面が、赤熱してちらついている。
「灰を近くでよ~く見ててください。面白いものが見られますよ」
「おお! 手品に続きがあるのか! 当ててやろう! 鳩でも出してみせろ!」
ローガーはグエンの手に顔を近づけた。
グエンはゆっくりと大きく息を吸うと、手の灰を一息で吹き飛ばし、熱せられた灰をローガーの顔にぶちまけた。
「ぬおおお! あちちちちち! なにをする貴様あ!」
「これは大変だ! 鳩は留守でした! すぐにお水を!」
グエンは素早い身のこなしで清掃員の側へ駆けると、水の入ったバケツを持ち上げた。
高熱の灰をはたき落としながら薄目で見ていたローガーは、次に訪れる不幸を察して、たまらず逃げだす。
「こんのばかもんが! 何を考えとるんだ! そんな汚い水を儂にかける気か!」
バタバタと逃げるローガーを、バケツをかかえたグエンが追い回し始めた。
「火傷が心配ですので! お水を! はやく! 会長!」
「いらんと言っとるだろうが! 覚えていろよ貴様あ!」
銅像の周りをぐるぐると逃げ回ったあげく、ローガーは悪態を残して去って行った。
予想外の事態に立ち尽くしていた清掃員だったが、バケツを持って帰るグエンの笑顔があまりに満足気で、つい噴き出してしまった。
「ふふ、兄ちゃん、とんでもないことするね」
「そうかな? あの会長ってのもとんでもなかったから、おあいこだよ」
「そうかい? そうかもねえ。ふふふ」
銅像の足元でくすくすと笑う二人。
そこへちょうどユイナが到着する。
ローガーの走り去った方向を見つめ、灰と水で汚れたフロアへ視線を落とす彼女の眉間に、かすかな皺が寄った。
しまったと肩をすくめたグエンは、銅像の台座に立て掛けられているモップを取り、フロアの掃除を始める。
「申し訳ない。せっかく綺麗な床を汚してしまった」
「そういう問題ではありません!」
ユイナの鋭い視線を浴びつつ、グエンは銅像の周りに散乱した灰を回収し、飛び散った水を綺麗に拭き取った。
掃除用具を返したグエンは初老の清掃員に挨拶をし、ユイナに連れられて銅像をあとにする。




