1-7.外境ゲート⑤ 白鯨騎士団
イオルは中指で眼鏡の位置を直す。
大河にかかる橋から、モービルと車両の一団が現れる。
四輪の兵員輸送車、三人乗りのモービルを運転している兵士たち。
それら全てが黒一色で統一され、全員が銃を装備していた。
外境ゲートの入口へ押し寄せたエンブラの中隊は、ゲートを囲むように展開した。
黒い軍服に身を包んだモービルの機動部隊が中心となっているが、その囲いから中隊で唯一、白塗りの装甲車が躍り出ると、外境ゲートに最も近い先頭につけた。
トレーラータイプの白い輸送車の側面には、世界樹を背景に飛び上がる鯨を模した紋章が描かれていた。
輸送車両から、総勢13名の白色の甲冑を身に纏う騎士団が降りてくる。
イオルは彼らの時代錯誤な出で立ちに面くらったが、すぐに表情を曇らせる。
「白い騎士……ですか。とすれば、これが噂に聞く白鯨騎士団ですね……最悪です」
彼らは白い派手な甲冑と大楯を装備していた。
マントと大楯には、白鯨の紋章。
騎士たちは一糸乱れぬ動きで、外境ゲートを正面に二列を成し整列した。
白鎧の一団、白鯨隊を率いるのは金色のマントを纏った青年将校レオン。
白鯨隊ではレオンだけが兜を着用せず素顔を露わにしていた。
真っ白な肌に錦糸の如き金髪とサファイアの瞳、端正な顔立ちが鎧姿と相まって、絵画に描かれた若き英雄のようだった。
彼を含めた全兵士の胸に、女王の横顔模した金のエンブレムが見て取れる。
金色のマントを翻して歩み出る青年将校レオンは、イオルの正面に立つと、耳にかかる柔らかな金髪をかき上げ、威風堂々たる出で立ちで言った。
「女王リーナス・ロインセリア麾下、白鯨騎士団団長レオン・ジルウルグス・テスマだ。通せ」
イオルは端的な要求に面くらった。
職務を全うするため、レオンに問う。
「私はここ外境ゲートの責任者、イオルです。エンブラの方がわざわざいらっしゃるとは、どのようなご要件でしょうか?」
「一兵卒に話すことなどなにもない。通せ」
「……確かに、本部より許可が下りています。ですが、武器の携行許可は聞いていません。武装解除後であればお通しします。装備は我々でお預かりいたします」
整列している一列目の中央から、ひと際大柄の騎士が歩み出た。
兜の隙間から覗く顔には、深い皺と、口元の立派な白髭が見えた。
彼はレオンの傍へ侍り、提言する。
「レオン様、このような貧弱な防壁、我らにお任せ下されば、即時粉砕してご覧に入れましょう」
「控えろ、ゲイドラ。戦をしにきたわけではない。本庁を通したクエスタからの招待だ」
「はっ」
「クエスタから、スクアミナ教会への招待ですか? まさか」
イオルが疑問を口にする横で、レオンは外境ゲートの隙間から動く影を見つけた。
それは、クエスタの車両に乗り込もうとする、エリエラの横顔だった。
レオンがエリエラを指さす。
「あれは黒薔薇の姫では?」
「まさしく、庭園の仇花でございますな」
「なぜこのような辺境に? 一人付けろ。黒薔薇姫と言えど、王家の端くれ。保護してさしあげねばならぬ」
「はっ。レイヴン、行け!」
副団長ゲイドラの指示に、モービル部隊の先頭にいた小柄な兵士が即反応した。
黒いヘルメットにかけていたゴーグルを下ろし、スロットルを全開にしてフル加速する。
レイヴンと呼ばれた兵士の左肩、その軍服には大きな黒い鴉の羽が飾られ、急加速に煽られて大きくしなっていた。無論、銃を装備したまま。
「何を勝手に!」
慌てるイオル。
城壁上のヘビークラストのガトリングアームが動き、狙いを付けた。
「撃たないでください! 我々の判断だけで戦闘はできません!」
仲間の動きを予想したイオルの声に、ヘビークラストの動きは止まった。
エンブラのモービルは外境ゲートの隙間に飛び込み姿を消す。
煩雑さを厭うレオンは、気怠げな息を漏らした。
「ふん、なら大人しく通せ。我らは急いでいる」
「ゲートを閉じてください!」
「なんだと?」
イオルはレオンの要求を無視しの指示を出した。
外境ゲートがゆっくりと閉じられていく。
副団長ゲイドラがイオルに詰め寄った。
「貴様! 下国の人間が! どういうつもりか!」
「先ほどもお伝えしたように、武装解除されなければ通せません」
「ローガーとやらの招きだ! 通せ!」
「会長が招待したのは人間でしょう。武器を招待したとは聞いていません」
「屁理屈を抜かしおって! ぬ?」
閉じられた外境ゲートの両側から、アサルトサイフルを手にした隊員達が出てきた。
そして、両脇の外壁に面した格納庫の扉が開くと、モービルとは比較にならない排気音をまき散らし、10体のヘビークラストが飛び出した。
足底部の駆動輪が、3m弱ある重厚なヘビークラストの機体を縦横無尽に運び、まるでスライドするような挙動を見せた。
あっと今に隊列を組んだ鈍色の機械兵達が、エンブラ中隊と対峙する。
副官ゲイドラが右手を上げた。
整列していた白鯨騎士団員達は、大盾の裏側に隠していたショットガンを一斉に外し、ヘビークラストへ狙いを定めた。
白鯨騎士団の動きから一瞬遅れ、エンブラ兵達も肩に掛けていたアサルトライフルを構える。
イオルの手にした端末に、追加の指示が表示された。
『エンブラ中隊は、車両及び銃火器の通行を許可するものとする』
イオルは一文を読むと、端末の電源を切る。
中指で押し上げた眼鏡の奥、イオルの眼光は鋭く、覚悟の色を纏っていた。
「私たちは治安維持部隊なんですからね。街中でこれ以上の無法は御免なんですよ」
格納庫から、一機のヘビークラストが遅れて飛び出してきた。
開かれた頭部部分のハッチから、怒気に溢れたガングーの顔が確認できる。
「こんなとき、ガングーがいてくれて助かりますよ」




