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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
30/84

0-30.神代の獣②

 遠雷を背に、燃えるトラックの屋根へ立つ、金色の翼獅子。

 台地へ流れ込んだ雲はぶ厚い積乱雲となって陽光を塞ぎ、雷鳴を孕んだ。

 殺戮の台地から、燻る僅かな希望さえ奪い取るように、雷が轟く。


 八枚の翼を広げた翼獅子姫は、四本の獣足でトラックの屋根と荷台へ爪を立て、獣の重みで軋ませながら身を乗せた。

 うなだれるように車体前方を覗き込む。

 金髪を垂らし、右手をボンネットへ突っ込み、内側をかき回した。

 車体が痙攣するように激しく揺れ、切り刻まれた運転席から大量の血液が溢れ出す。

 そしてヒルドは、力づくでエンジンを引きずり抜いてしまった。

 獅子の背に生えた女は、燃えるエンジンを鷲掴みにしたまま、離れた場所にいるグエンを見つめて笑う。縦に裂けた金色の瞳孔は、2km先にある、共振する蒼氷の刃をしかと捉えていた。


「貴様は最後の一人に選んでやろう。礎の遺物を持つ男よ」


 アサルトライフルを構えた8人の兵士が、トラックを囲み口々に叫ぶ。


「う、動くな! 化け物!」

「上官はどこだ! こ、こんなの撃ってもいいだろ!」

「上官たちは運転席にいたはずだ!」

「トラックよりでけえ……あ、あんな怪物がいるなんて聞いてねえよ!」


 ヒルドは自身のサーベルがトラックの屋根に刺さっているのを見つけ、つまんで引き抜く。


「この身になっては、サーベルなど小さすぎて握れぬ」


 ヒルドは無造作に放り投げた。

 兵士の足元に深々と突き刺さる白銀のサーベル。


「ひいい!」


 銃を構えたまま後ずさり、よろけた兵士の指が思わず引き金を引く。

 銃弾は硬い激突音を立て、金色の翼へ直撃した。

 不快な衝撃を受け、ヒルドは左手で金髪を掻き上げると、右手の燃えるエンジンを発砲した兵士へ投げつけた。


「!」


 兵士は銃口から目を離し、声を上げる間もなくエンジンに潰される。

 オイルと血が白い地面を濡らす。

 ヒルドは笑みを浮かべたまま、潰れた兵士を見下ろしていた。


「こ、この化け物がー!」


 潰れた仲間を目の当たりにした兵士達が発砲すると、堰を切ったように全員が引き金を引いた。

 恐怖にかられた銃弾の雨がヒルドに降り注ぐ。

 戦姫は銃弾を浴びながらも、舞踏会の壇上を降りるように、軽やかな足取りでトラックから舞い降りた。

 直後、トラックの火が燃料タンクに引火し爆発する。

 ヒルドは舞い降りざま、広げた自らの翼から羽根を引き抜き、そのまま金色の羽根を双剣の如く振るう。


 瞬く間だった。

 鎌で刈られる稲穂のように、兵士たちの体は力なくたわみ、両断されていく。

 四足獣の爪が地面をえぐり縦横無尽に駆け、構えた銃剣ごと兵士の頭を割ったとき、残る兵士はあと一人になっていた。

 燃料とオイル、鉄の匂いが濃い絶望となって充満していく最中、戦姫はまるで庭園の薔薇を愛でるかのように、たおやかに歩を進める。

 鋼鉄製の牽引式榴弾砲の横に立ち、牽引車両ごと砲身を断ち切ると、右手に握る羽根を地面に突き刺した。


 破壊の獣は最後の兵士の前に歩み寄り、真っ赤な舌で唇をなめずる。

 絶望の淵に落ちた兵士は、唇が震え目の焦点は合わず、うわずるだけの人形だった。


「おお俺は食い殺されるんだ。そんな死に方嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」


 男の首を掴み、ヒルドは無造作に地面から持ち上げる。

 短い断末魔と共に、兵士の頸椎は砕けて喉は潰れ、口から濡れた音を漏らして絶命した。


「こうなっては、人の首のほうが、サーベルよりもよほど手に馴染む」


 モービルのエンジン音がヒルドの耳に届く。

 殺戮の場へ迫り来る一台のモービル。

 乗り手は一人しかいない。

 翼獅子姫は期待する男の姿を見つけ、残忍な笑みを浮かべた。


「自ら死を賜るは、まさに下民の倣いよな」


 ぽつぽつと降り出す雨は、あっと言う間にどしゃぶりへ変わった。

 雨に打たれながら、仲間の死体を避けてモービルを走らせるグエン。

 遠目にだが、巨躯の獣となった少女が兵士を切り裂いているのが見える。


「これ以上殺させてたまるか!」


 死体を避けるたび何度も再加速を繰り返し、後輪が濡れた地面で滑った。

 だがその度に前輪のタイヤが即座に駆動を始め、車体は乱れを抑えて直進へ戻る。


 ヒルドが、アウルカ兵の死体をこちらへ投げつけるのが見えた。

 グエンは慌てて頭を下げ、体を左に傾ける。寸での所で投げつけられた死体を躱した。


「くっ! あの化け物! なんてことしやがる!」


 ミラーには後方へ、人形のように転がる兵士の死体が映っていた。

 グエンは怒りに任せ、左手でハンドルを殴る。

 高速走行の風圧と轟音、肌を刺す雨粒が、エンジン音すら掻き消した。


 地鳴りのような乱暴な足音が、グエンの耳へ届く。

 金色の翼を広げた戦姫が、真正面から走り来る。


 グエンはハンドル部のスイッチを押し、モービルの速度を固定させた。

 翼獅子姫を迎え撃つ覚悟を決めた戦士は、走行中の車体に立ち上がり濡焔を抜く。

 歯を食いしばり、グエンは殺意に溢れる金色の瞳を睨み、咆哮をあげた。

 襲い掛かる翼獅子姫に、爆走するモービルが接触する。


「この命に代えても! お前だけは殺す!」

「さあ聞かせてみよ! 我がエンブラへ抗う小兵の断末魔を!」


 振り下ろされた金色の凶刃、宿命に抗う蒼氷の刃が迎え撃つ。


 雨は夜まで続いた。

 大粒の雨が降り続け、血で染まった台地を執拗に洗い流していった。

 死屍累々たる惨状の中で、ひと際大きな影が横たわる。


 金の羽根が散らばる血だまりの中、横たわっていたのは首の無い四足獣だった。

 その死骸の上に、深紅の着物を着た隻腕の女が立つ。

 横一文字の古傷で閉ざされた両目、前頭部には二本の角、そして額には縦に裂けた大きな天眼。

 その天眼が、死骸の傍らに膝をつくグエンを見つめていた。

 血だまりに流れ込む雨水が、川を目指して流れ、赤い筋を描く。


 赤い筋の先には、ヒルドの首が討ち捨てられていた。

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