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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
20/71

0-20.破滅の姫

 クロイド遺構の北西に位置する純白台地の近く、オークの木が生い茂る灰褐色の山中で戦闘が勃発していた。ユーゴとイツキの二人はライフルを肩にかけ、森林の中をかき分け進む。


「中隊長、部下がさらに二人、消えました」

「はぐれたのか?」

「わかりません。前を進んでいたのは確かです」


 イツキの言葉を遮り、森に悲鳴がこだました。

 一人や二人ではない、そこら中から聞こえる。


「なんだ!」


 二人は周囲を警戒するが、人の手が入っていない森林の視界は悪く何も見えなかった。

 背丈を超える植物に遮られ、昼であっても山中は薄暗い。

 悲鳴が聞こえた方向から、部隊に異変があったのはわかるが、それ以上の情報がなかった。

 イツキは周囲の違和感から、警戒を緩めず進言する。


「これだけの騒ぎで、逃げる鳥がいない。危険です」


 ユーゴはイツキの低い声色から、事態の深刻さを察する。


「後退する。一度立て直そう」

「了解」


 悲鳴はすぐに消え、無風の森をすでに静寂が支配していた。

 二人の衣擦れの音が以外は何も聞こえない。


「エンブラの伏兵でしょうが……敵の数と我が隊の被害が合わない」


 イツキが後退のために振り向きかけた瞬間、前方右側から枝葉を踏む音が鳴った。

 無言のまま、二人は音の方向にライフルを構える。

 幹の幅3mを超えるオークの巨木、その奥から音は聞こえた。


「私が」


 イツキは小声でユーゴを静止しすると、オークの巨木に背を張り付ける。

 反対側にいるであろう敵の姿を探るために、耳を澄ませて様子を伺う。

 再び森に悲鳴が響く。

 ユーゴは銃口を大木に向け、周囲を警戒しながら思わず囁いた。

「何が起きてるんだ」


 オークの向こう、木々の合間から金色の甲冑を身にまとった少女、ヒルドが現れた。

 オークに幹に隠れるイツキからは見えず、ユーゴだけがヒルドを視認する。

「は……? ……鎧の、女?」


 ユーゴは輝く黄金のいで立ちに思わず見とれてしまった。

 彼から見て右手奥、オークの幹に寄り添うように立ったヒルドは、右手にぶら下げた抜き身のサーベルの刃をそっと大木にあてた。

 その間、ヒルドはユーゴの目をじっと見つめ、笑った。


「ひ」

 少女の顔だが、ヒルドの面持ちに幼さは感じられなかった。

 亀裂のような彼女の笑みを前に、ユーゴの表情が凍り付く。

 イツキが声を潜め訝しんだ。


「中隊長、何が見えます? 中隊長!」


 オークの幹が軋み、こずえを揺らすと、木全体がわずかに傾く。

 イツキはその異音が自分の隠れている大木からだと気づいた。

 かすかだった軋み音は徐々に大きくなり、イツキの隠れる幹を切り裂き始める。

 オークの硬い樹皮をゆっくりと突き破ったサーベルの切っ先が、銀色の芽となって頭を出す。

 大木から繊維の断裂を伝える異音が激しさを増し、やがて弾ける破裂音に変わった。


 オークの巨木は、幹の太さ3mを超えている。

 つまり、サーベルで樹皮を貫くために、柄を握る腕ごとが幹にめり込んでいるのだ。

 ユーゴとイツキからすれば、大木の裏側から、万力のようにゆっくりと、ヒルドが木の幹に腕ごとサーベルを差し込んでいるなどと夢にも思わない。


「中隊長! 状況を! ユー」

 得体のしれぬ恐怖にかられ、イツキが身を乗り出そうとした瞬間、サーベルが完全に樹皮を突き破り、イツキの体を横一文字に両断した。


「ゴ?」


 刈り取られ弾かれたイツキの上半身。ユーゴとイツキの目が合う。

 直後、刈り取られた巨木の幹が宙を舞い、イツキの上半身を巻き込みながら、森の木々をなぎ倒していった。

 ヒルドはサーベルを右手に下げ、引きちぎられたオークの切り株の前へ歩み出る。


「人ならざるはエンブラ王家の常。戦場で少女を見たら、化け物と思え」


 イツキの下半身は立ったままだ。

 ヒルドがその横を歩き、ユーゴの目を直視したまま歩を進めた。

 ユーゴは辛うじて、ヒルドの顔にライフルの銃口を向ける。だが、現実離れした光景に頭は混乱し、アイアンサイトの先立つ少女が理解できなかった。

 金色の甲冑に身を包んだ、金髪の少女が突然山中に現れ、少女の手には、血の滴るサーベルが握られ、イツキ小隊長の体には上半身がない。

 ヒルドはユーゴから2mほどの距離で立ち止まる。

 やっと、ユーゴの体が動いた。


「エンブラ王家? あは……あははは! 本物の化け物か!」

「気が触れたか」

「はははは! 現実離れし過ぎなのさ、笑わずにいられるかっての! この化け物め!」


 ユーゴはすかさず照準を合わせ、ライフルを連射した。

 弾丸は甲冑に当たり、鉄鎖マントを大きく揺らし、または顔面に命中する。

 着弾した衝撃で、ヒルドの金髪が大きく揺れるも、彼女は瞬きすらしなかった。

 弾丸を撃ち尽くしたユーゴはライフルを捨て、ボルト・オン・ナイフを抜く。

 その迷いのない一連の動作に、ヒルドは僅かな興味を抱く。


「恐怖に駆られたわけではないな。虚ろな目の小兵よ」

「オレはさ、出来合いの自由なんて欲しくないんだ。あんたみたいな大物の首があれば、本当の自由が手に入る気がする」

 空中を斬り、サーベルの血を切り払うヒルド。

 轟音が木々の葉を揺らし、その風圧でイツキの下半身が地面に倒れた。


「戦いに自由を求める手合いか? それとも、この私に八つ裂きにされるのが自由か? 人の(くびき)に囚われた俗物よ」

「虚ろだとか俗物だとか、会ったばかりの化け物に何がわかるのさ? エンブラ王家ってのは、ずいぶんと無礼なんだな」

「我らが世界樹を食い荒らす害虫に、礼儀もあるまい。世界の安寧のため、我が剣が貴様ら下国の民を討ち滅ぼす。それだけだ」


 ユーゴはボルト・オン・ナイフをヒルドに向け間合いを計る。


「世界樹? あの伝説の? ……意味はわからないけどさ、安寧ってのは聞き捨てならない。重銀を独占する戦争屋が、世界の安寧? 世界を乱してるのは、アンタらさ」


 ヒルドはサーベルの切っ先をユーゴに向け、その目を見据える。


「エンブラ王家の前で世界を語るか。命がいらぬと見える」

「命なんてどうだっていいさ。オレは、オレの世界を粉々にしたいんだ。おたくらの胡散臭い思想なんて、どうでもいい」


 ヒルドはしばらくユーゴの目を見ていたが、視線を外しサーベルを鞘に納めた。


「虚ろな人間の言葉からでは、何もわからぬな」

「そうかい!」


 ユーゴは踏み込み、ヒルドの首筋を斬りつける。

 直後、砕ける剣身。

 まるで鉄塊を殴りつけたような感触に、ユーゴの頬を冷たい汗が流れた。

 鍔のスイッチを押して剣を振り、折れた刃を捨て、鞘に剣をおさめ、刃を再装填する。


「弾丸が弾かれたんだ。剣が効くとは思ってなかったけど、さ」


 ユーゴは、ヒルドを警戒したまま、その後ろのオークを見た。太さ3m以上もあった巨木が育んだ枝葉はなく、無残に引きちぎられ、根本部分だけが残されている。

 ユーゴは腰に下げたポーチに手を突っ込む。

 榴弾を握った手は止まり、自身の矛盾した行動に気づく。


 ――手榴弾では大木を破壊できない。その手榴弾で、この化け物を倒せるか?


 答えは、否だ。ユーゴはポーチに手を突っ込んだまま、蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなってしまった。

 一方、ヒルドは涼し気な表情でユーゴを指さす。

「余興を思いついた」


 ヒルドの思わぬ言葉に、ユーゴは時間を稼ぐ算段とばかりに同意して見せる。


「へえ……興味あるね」

「貴様の目は、報われぬ者の目だ」

「なに……?」

「報われぬ願いを渇望する者よ」

「何を好き勝手に……!」

「ゴカ村と言ったか。その村と、いや国だ。アウルカをお前にやろう」

「はあ?」

「死をいとわぬ蛮勇など、かつての戦場に掃いて捨てるほどいた。さほど珍しくもない。だが、その幼稚な目が死を恐れぬ動機だと言うならば、話は別。まさに余興に相応しい」

「人の人生で暇つぶしをしようなんて!」

「貴様が壊したいと願う、その世界をくれてやろうと言うのだ。民にとって、国こそが世界であろう? 何が不服だ?」

 ヒルドの言葉は、ユーゴの真実を捉えていた。

「貴様は命を賭して駆けたいのだろう? 我らエンブラが目的は国盗りではない、見据えるはこの世界の根幹、理そのものだ。たかが小国一つ、与えよう。良い余興だ」

 ヒルドは再びサーベルを抜き、歩を進めた。

 そして、刃をあてぬよう剣身の腹をユーゴの首筋にあてる。


「二度は言わぬ。さあ、選べ」


 首筋に当たる冷たさ。

 ゆっくりとサーベルの刃が返されていくのがわかる。

 刃が肌を割く直前、ユーゴが口を開く。


「オレは――」


 ユーゴの続ける言葉に、ヒルドはゆっくりと微笑んだ。

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