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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
19/84

0-19.黒井戸小祠②

 カガミは、刀以外何もない小祠の室内を隅々まで見渡す。


「意外と広いねここ。アタシの部屋にできそう!」

「だ、ダメだぞ! 扉に触るなよ!」


 コテツは真剣な表情でカガミの手を握った。

 指先に力が籠もり、彼の慌てた気配がそのまま伝わる。

 カガミは思わず笑った。


「あはは、冗談だよ! ねえねえ、なんで刀が祟るの? ギンノウ様は護国王でしょ?」


 カガミは黒井戸小祠を指さして首を傾げた。

 コテツは優しく彼女の手を下ろす。


「ゲン爺が、黒井戸には銀嚢様がいるから、指さしたらダメだって」


 カガミは黒井戸小祠と、土台になっている黒井戸を一瞥し、大きく頷く。


「わかった! それで、祟るのなんで?」

「さあ、よくわかんない」

「えー? なにそれー。コテツ、詳しそうな雰囲気だしといてさ~」

「んー、原理がわからなくて。まあ、ゲン爺が言うには、紅蓮の怨嗟(えんさ)に飲まれるって」

「んんー? なんだっけそれ……あ、ギンノウ様の伝説の!」

「そうそう、正面の広場にある石碑に書いてあるやつ」

「ガイドさんが毎日、お客さんちに説明してるよね」

銀嚢(ぎんのう)様が敵を討つ為に、敵国の人間を切り殺しまくって、建物ごと敵も民衆もすべて焼き尽くした。その怨嗟(えんさ)は紅蓮の焔に焼かれて、濡焔(ぬれほむら)蒼氷(そうひ)の刃を赤く染めたって。その出来事から、紅蓮の怨嗟を纏う者、紅怨(ぐえん)銀嚢(ぎんのう)と呼ばれるようになった」


 神妙に語るコテツの横顔を見て、カガミはわざとらしく笑って見せる。


「んふふ、コテツもすっかりギンノウ様オタクだね」

「オタクって……俺はただこの土地を救った護国王伝説を」

「それが、なんで祟りなのー? よくわかんないけど」

「ゲン爺曰く、濡焔は紅蓮の怨嗟を刀身に宿すから、禍々しいんだって。少しでも憎しみとかがあると、刀に取り込まれる、濡焔の力を自在に操ったのは、焔の加護を受けた銀嚢様だからできたんだってさ」

「ギンノウ様じゃないと、祟られて使えないってことー?」

「……たぶん。全部、ゲン爺の受け売りだけど」

「焔の加護ってバリアみたいなのかな! こう、なんか強そうな!」


 カガミはコテツに向かって両こぶしを構えて見せる。


「かなあ? あ」


 コテツはカガミの頬に大きく描かれた、赤い火焔紋様を指さした。


「そっか、火焔紋様がそれを表してるのかも?」

「これだね! ふるーい土器にも描いてあるし、歴史あり!」


 カガミは自分の頬を指さして見せる。

 祭り用にペイントされた火焔紋様は、まさに銀嚢の肌に浮かび上がったとされる紋様を模したものだった。


「そうそう、その紋様自体に意味あるのかもなあ」

「ふーん、不思議だね」


 コテツは、掃除道具で黒井戸の社を掃除しはじめる。

 クロイド遺構の顔である護国王広場と神殿とは違い、ここの洞は一般公開されておらず、観光客はおろか地元の人間でさえ、普段は足を向けない。

 足を踏み入れるのは、管理人のゲン爺と、普請を日課にしているコテツくらいだ。

 そのため、黒井戸小祠と洞内部にはゴミ一つ落ちていない。

 カガミから見れば、これ以上どこを掃除するのか疑問だった。

 彼女の疑問などつゆ知らず、コテツは小祠の屋根を綺麗な布で拭き上げ、黒井戸と周辺を掃き清めていく。


「俺としては、こうやって掃除しながらいっつも刀を見てるから、祟りとかなんか言われてもピンとこないだよなあ」

「あー、いつもお世話してるから、親近感わいちゃう的なやつだね」

「子供のころからずっとやってっから、さすがにね。あ、銀嚢様の濡焔ってもう一本あったらしい」

「そうなの?」


 カガミはとりあえず箒を手に取り、見様見真似で黒井戸の周囲を掃いていく。


「シュシュ帝国側に残された壁画とか、そういうのだと、片腕になる前の銀嚢様って二刀流らしいよ」

「ふーん。じゃあ、もう一本は誰かにあげたのかもね」

「あげた?」


 驚いて手を止めるコテツ。

 カガミは掃き掃除をしながら、うんうんと頷いている。


「俺は折れて捨てられたのかなーって思ってたけど。人に譲った可能性もあるか」

「そうそう、勝った! 終わった! 部下よ、よくやった、これを授けよう! みたいな?」

「ははは、確かに」


 コテツは扉に掛けられた錠前を乾いた布で拭くと、錆び防止の油を塗布していく。


「お手入れ、手慣れてますね~」

「ゲン爺の真似だけどな」

「いいなあ、そういうの」


 コテツは掃除道具を片付けながら、同じく片付けをするカガミを横目で見た。


「いいって、何が? 掃除のこと?」

「んー、掃除っていうか、普通じゃないことを続けていること? とか。普通は頼まれてもいないのに毎日掃除なんてしないし」


 コテツはカガミが何を言い出したのだろうかと思い、虚空を見上げて思案する。

 ふと、カンカラ社長がよく『普通に』と言っているのを思い出した。


「普通って、おやっさんのあれか」

「そうそう、お父さんは普通が一番だ!って言うけどお。普通なんてつまんないよ」


 コテツは黒井戸に一礼すると、まとめた掃除道具を持ち上げる。

 カガミもコテツの動作を真似て一礼した。


「この掃除とは話が違う気がするけど……まあ、でも俺は普通って良いと思う」


 黒井戸小祠に背を向け、二人は出口へ歩き出す。

 コテツはカガミの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

 カガミはコテツの横に並び、彼の顔を見上げる。


「普通なんて地味でしょ」


 カガミは駆け出すと、コテツの一歩前に出て右手を差し出した。


「手! 手!」

「ん」


 カガミはこうやって自分は前に出て、コテツを引っ張って歩くのが好きだった。

 今日、引っ張られるのはこれで何回目かな――そんなことを考えて、コテツは思わず頬を綻ばせた。


「俺もカガミもさ、ユーゴもだし、ゴカ村の若いやつってだいたい孤児だろ。ゴカ村はもともと孤児で出来た村らしいし」

「だね。みんなお父さんが引き取って施設で育てたんだし。アタシも」

「そんな俺たちがこうして普通に暮らしてるのって特別だと思うんだよ」

「普通なの? 特別なの?」

「ああ。初めておやっさんの家に行ったときに思ったよ。カガミがいつもすんごい笑顔で楽しそうで、特別な時間が来たんだって」


 カガミは歩く速度を落とすと、コテツに並び、その横顔を見上げた。


「最初は無理して笑ってんのかなって思ってた。おやっさんの家に行ったときも、あれだし」

「あー! くじ引き! 恨みっこなしだぞってみんなで引いたね」

「俺はユニオンの下っ端で、カガミはおやっさんの養子、ユーゴはユニオンのお偉いさんの養子。皆バラバラでどうなるかと思ったら、こうしてゴカ村で一緒になって」


 二人が洞を抜けると、空気がふっと軽くなった。

 入口の脇には、ぽつんと平らな石だけがある。

 洞の入口、管理小屋にも日向ぼっこをしていたゲン爺の姿はなかった。


「久しぶりに会って、おやっさんの家で、カガミとユーゴと会ったときはこんなこともあるんだなあって。すげえなって思ったよ」

「それが特別で普通なの?」

「カガミってめちゃくちゃ口開けて笑うだろ」

「え! 突然の悪口!」

「俺はカガミのそんな笑顔が好きになったんだよ。だから、特別な笑顔を、日常で見られるってすげえことだなあって。カガミの笑顔はキラキラしてるよ」

「まさか、よだれとかで光ってるの?」

(ほが)らかだって言ってんの!」

「ははあ……なるほど……?」


 どうにもカガミには趣旨が伝わっていない。

 コテツは照れを隠すように、言葉をひとつ付け加えた。


「見てるこっちが幸せになれる、特別な笑顔だなって」

「ええー! なにそれ! すごい! ロマンチックなこと言えるんだねコテツ!」

「え? ロマンチックか?」

「うんうん」


 カガミは大袈裟に腕を組むと、大きくうなずいて見せる。


「カガミみたいに笑えるってすごいだろ。カガミがすごいのかもしれないけど、俺はカガミの笑顔を見てると幸せだって思うし、幸せって日常的で特別なんだと思うよ」

「確かに! 幸せって特別だけど普通よりも特別だね!」

「え? あ?、ああ、特別だけど、普通よりも特別? なんかよくわかんないんだけど」


 コテツは首をかしげ、カガミはそんな彼の手を強く握った。


「気持ちは伝わってるよ! 平気平気! あ! だから、かな?」

「だからって、何が?」

「コテツが守るってよく言うの、こういう時間も特別だって知ってるからなのかなって」

「そう! だからユニオンで鍛えて頑張って、カガミを守るし、ゴカ村を守る!」

「やったね! 約束だよ!」

「ああ、まっかせろい!」

「あ、もう一個約束して!」

「ん? 何を?」

「今夜のデネクト流星群! 一緒に見よ!」

「いやだから、今夜は俺まだ夜勤だけど」

「だから、一緒に見られるでしょ?」


 上目遣いで見つめるカガミ。

 コテツは思わず噴き出した。


「ぷっ! 確かに! じゃ、流れ星が迷子にならないようにパトロールだ」

「あはは! うまいこと言うねえ! 一緒に星空パトロールだー!」

 自分の胸を叩いて見せるコテツに、カガミは口を開けて笑う。


 青空をゆったりと流れる雲。

 足元の崖からは風が吹きあがり、上空へと登っていく。

 まるで銀霧峡の呼吸が、空の雲を押し流しているようだった。


 二人は洞の外を歩き、管理小屋の前を通る。

 洞からは死角になる管理小屋の横、山に面して置かれたベンチに、ゲン爺は湯吞み茶碗を片手に日向ぼっこ中だ。

 手をつないだまま通り過ぎる二人へ、ゲン爺は起きているのか寝ているのか判別のつかない細目を向け、ひょいと手を上げて応えた。


「ゲン爺、掃除完了」

「ごくろうさん」

「じゃ、これ片付けて帰るよ」

「ゲン爺さん、またね!」


 手を振る二人。ゲン爺も手を振る。


「コテツ坊、これから仕事か?」

「いや、夜勤だったからこれから寝る。起きたらあっち側のパトロールに行く予定」


 コテツは対岸の崖を指さし、モービルのアクセルを回すしぐさをして見せる。

 ゲン爺はうなずいて、ゆっくりと言った。


「そうかそうか。運転には気いつけろや。ここの谷は今じゃ観光客も来る風光明媚な場所じゃけんどよ、その分、事故もなくならんからの」

「わかってるって。安全運転しまーす」

鏡面街(きょうめんがい)に招かれんようになあ。きーつけてなあ」

「はーい」

「またね! ゲン爺さん!」


 コテツとカガミはゲン爺に挨拶を交わした。

 二人は管理小屋の軒先に掃除道具を戻すと、手をつないで歩きだす。


「ねねね、鏡面街ってどうやって行けるのかな」

「……鏡面街(きょうめんがい)か。行き方なんて聞いたことあったかなあ……」

「護国王マニアのコテツでも知らないのお? ゲン爺は招かれるって言ってたよ?」

「うーん、この世じゃないらしいってのと……銀嚢様の師匠がいるくらいしか知らん」

「つまんないのー。もし場所がわかって、クロイド遺跡みたいなのが出てきたら、もっとにぎやかになると思ったのに」

「確かに。でも、そうなるとパトロールの範囲が広がって大変そう」

「あたしは鏡面街(きょうめんがい)支店のクレープ屋さんでバイトしよっかな!」

「ははは、そうしたらクレープ食べに行くよ」

「なら、いっぱいサービスするね!」

「楽しみにしてるよ」

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