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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
18/88

0-18.黒井戸小祠①

 コテツとカガミは、管理小屋を後にすると、細道をさらに奥へと進んだ。

 道は山肌に沿って続き、右手には銀霧峡の内部が大きく口を開けている。

 銀霧峡(ぎんむきょう)は全長約80㎞以上に及び、その先で守護山脈(しゅごさんみゃく)へと繋がっていた。言い伝えでは、谷底の奥――最上流にある水源部の洞窟を抜けることで、世界樹が坐す禁足地へ至るという。


 銀霧峡(ぎんむきょう)の崖沿いには、ところどころ岩盤から張り出すように展望が設けられていた。

 洞の手前、二人の立つ場所にも、そのひとつが取り付けられている。

 コテツは腰の高さにある石垣へ手を添え、身を乗り出すようにして谷底を覗き込んだ。

 深さ5,000mはある銀霧峡(ぎんむきょう)の底を、一筋の川が縫うように流れている。

 日差しを反射した水面は、遥か下でかすかな光となって揺らめいていた。


「こりゃ! コテツ坊! 慟哭の谷を覗くなと何度言やあわかる! マガツ淵の水面を見ると、鏡面街(きょうめんがい)に招かれっぞ!」


 しゃがれた叱声が背後から飛ぶ。

 振り向いたコテツとカガミの前に、飴色の竹杖をついた老人が立っていた。

 よれたTシャツに腹巻き、使い込まれて色あせた深緑の作業着ズボン。

 腰は深く曲がり、禿げ上がった頭には白髪がまばらに残っている。


「ゲン爺、いまは銀霧峡(ぎんむきょう)だって」

「かぁー! なぁにが銀霧峡(ぎんむきょう)じゃ。ここの名前は大昔から慟哭の谷。死者の魂が時を遡り、マガツ淵を登って世界樹まで帰る通り道じゃ。観光向けだかなんだから知らんが勝手に変えよって……まったく、むにゃむにゃ」


 ゲン爺は入れ歯の口をもごもごと動かし、言葉にならない文句を垂れ流す。

 その様子は、コテツにとって見慣れた光景だった。気にも留めず、話を続ける。


「もう、あとは奥だけ?」

「んじゃな、神殿周りは全部終えてきたとこよ」

「なら、洞の中は俺がやっとくから、ゲン爺は休んでていいよ」


 コテツは水の入ったバケツを持ち上げてみせる。

 横に立つカガミも倣って、清掃用具をゲン爺に向けて掲げた。

 ゲン爺は返事の代わりに、飴色の竹杖を縦にひと振りする。

 その仕草を同意と受け取り、コテツも右手を上げて応えた。

 二人のやりとりを見て、カガミが小さく首を傾げる。


「コテツって、広場にはあんまりいないけど、こっちにはよく来てるよね」

「まあ、広場は観光地って感じでなあ。あんまり好みじゃないんだよ」

「かっかっかっ。それでこんな爺と一緒に銀嚢(ぎんのう)様に普請(ふしん)しとるんじゃから、若いのに変わりもんじゃって」

「ふしん? ってなあに?」

「普請って、んー、(ほこら)の周りを掃除したり、お供え物したり? だよね? ゲン爺」

「おうおう、銀嚢(ぎんのう)様の身の回りのお世話をするこっちゃな。なんせ銀嚢(ぎんのう)様は片腕じゃて。ほれ、あとは洞ん中だけじゃ。あとは任せたぞ」

「ゲン爺さんはもう帰るの?」

「うんにゃあ」


 ゲン爺は竹箒を肩に担ぎ、洞入口の脇に据えられた平べったい石へ、ゆっくりと腰を下ろした。


「ゲン爺はさ、銀嚢(ぎんのう)様の妄想しながら日向ぼっこするのが日課なんだよ」

「妄想って、言い方!」


 たしなめるカガミの言葉よりも早く、ゲン爺はにやけた表情を浮かべる。


銀嚢(ぎんのう)様は絶世の美女じゃったそうでのう。しかし、戦で両目を潰され、片腕でおらっしゃる。人手が必要じゃろ。わしゃあ、あの世へ行ったら銀嚢(ぎんのう)様のお側に使えたいんじゃよ。身の回りを世話する小間使いの一人にでもなれればの、ずっと一緒にいられるじゃろ」

「なんだっけ、善行がどうたらってやつだっけ」

銀嚢(ぎんのう)様は天眼をお持ちじゃからの。わしのように善行を積んでおれば、額の天眼でしっかりとみていてくれるんじゃ。どんなご褒美を頂けるかと楽しみじゃ。ひゃっひゃっひゃっ」

「ええ……ゲン爺さんが祠の管理人をしているのって、ユーゴの言う通り下心なの?」

「だから言ったろ。ゲン爺は妄想するのが日課なんだって」

「き、気持ちわるーい……」

「ひゃっひゃっひゃっ」


 口元を緩めたまま、にたにたと笑うゲン爺。

 コテツはその足元に置かれていた清掃道具を拾い上げ、洞へ向かって歩き出した。

 カガミもその背を追う。


「コテツ、いつも言うとるがよお、黒井戸(くろいど)の扉は開けるなや。濡焔(ぬれほむら)に祟られるでな。(ほのお)の加護を受けた銀嚢(ぎんのう)様以外があれに触れちゃならん」

「あいよー。わかってるって」


 後ろ手に挨拶を交わし、二人は岩肌むき出しの洞へ足を踏み入れる。

 洞の入口は2.5mほどの高さがあり、露出した岩肌は、鱗のような模様でびっしりと覆われていた。

 鱗模様は、まだ掘削機械の無い時代、(つち)(たがね)で岩を穿ち、人力で洞をくり抜いた名残だ。


 岩壁の側面には一定の間隔で照明が並び、暗い洞内を淡い橙色に染めている。

 カガミはコテツの後ろを歩きながら、鱗状に刻まれた岩肌の凹凸を指でなぞった。

 上部から落ちる橙の光に照らされ、指の影が鱗の凹凸に合わせて伸び縮みし、角度を変えていく。

 その変化を楽しむように、カガミはしばし足を進める。

 やがて岩肌の感触と影を堪能し終え、前を行くコテツへ疑問を投げかけた。


「ねえねえ、さっきのなあに?」

「ん、さっきのって?」

「ここに入る前にゲン爺が言ってたの。祟られる~って」

「ああ、濡焔(ぬれほむら)だよ。もう少しで着く」


 コテツの言葉通り、ほぼ直線に伸びる洞を進むと、ほどなくして最奥へ辿り着いた。

 洞の奥には、真っ黒な岩で組まれた四角い黒井戸が据えられ、その上に小さな祠が建っている。

 岩床から生えたような黒井戸には、井戸と同じく黒く分厚い金属の蓋が被せられていた。

 黒井戸そのものを基礎とするかのように立つ木製の小祠に、護国王の刀『濡焔(ぬれほむら)』が祀られている。

 祠は、そのままの名で『黒井戸小祠(くろいどしょうし)』と呼ばれていた。


「カガミ、ここに入るのは初めてだっけ?」

「んー、何回かあるけど、奥まではなーい。なんか怖いし」

「怖いか? 濡焔(ぬれほむら)は知ってるだろ」

「うん、ギンノウ様の刀でしょ」

「その刀が奉じられているのが、この黒井戸小祠」

「へえ、……くろいどしょうし? あ、クロイド遺跡ってもしかして! この黒井戸! じゃない? 名推理!」


 腰に手を添え、胸を張るカガミに、コテツはあきれた視線を向ける。


「え? むしろ、今まで知らなかったのか? 地元民だろカガミ……」


 カガミは呆れ越えのコテツなど意に介さず、武骨な南京錠がぶら下がる格子状の扉の隙間から、黒井戸小祠の中を覗き込んだ。


 祠の中には、一本の刀が安置されている。

 黒蒔きの鞘に拵えられた銀炎(ぎんえん)の装飾が、橙色の照明を受け、怪しく光を返していた。

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