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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
16/84

0-16.誓い

 三人はムロージの店を後にすると、目的地も定めぬまま歩き出した。

 コテツの手には、髪飾りの入った茶色い小さな紙袋が提げられている。


 たわいのない会話を交わしながら進むその道すがら、カガミの視線は幾度となく紙袋へと吸い寄せられていた。

 そのとき、甲高い電子音が不意に鳴り響く。


「オレのだ」


 ユーゴは腰のベルトに固定されていたトランシーバーを外し、有線式イヤホンを耳に掛け、送話口を口元へと寄せた。

 短く、しかし要点を押さえたやり取りを数度交わすと、トランシーバーを握り締めたまま、表情を引き締めて言う。


「コテツ、オレは北西の調査に行く」

「北西って、純白台地(じゅんぱくだいち)の」


 ユーゴは手の平をコテツへ向け、首を横に振って言葉を遮った。


「念のために心の準備はしといてくれってさ」

「……わかった」


 カガミに軽く手を振り、ユーゴは足早に去っていく。

 残されたコテツとカガミは、その背を見送った。

 短い沈黙が、二人の間に落ちる。


 コテツは、ふと手元の紙袋へと視線を落とした。

 この髪飾りを、いつ、どんな形でカガミに贈るべきか――思考が巡る。

 大枚を叩いて購入したこと以上に、この贈り物が持つ意味を、彼は十分に理解していた。


 今夜のクトファ流星。

 そして成人祭でもある護国王祭。

 これ以上ない好機だと、コテツは考えている。


 紙袋を握る指先に、自然と力がこもった。


 ――星降る夜に、夜景をバックに告白(プロポーズ)だ。


 そう心に誓った、その瞬間だった。

 カガミが勢いよくコテツの前に躍り出て、右手を差し出す。


「コテツー! 手! 手!」

「どうした?」


 差し出されたその手を、コテツは反射的につかむ。

 次の瞬間、引っ張られ、駆け出していた。


「コテツ! 髪飾りつけよ!」


 完全に想定外の提案だった。

 脳裏では、最高のシチュエーションがようやく形を成したばかりだったというのに、直前までの決意は音もなく崩れ去る。


「ええ? 今? なんかいい感じのタイミングとか場所のほうがいいんじゃないか?」

「なーに言ってるの! 目の前で一緒に買ったんだよ? それなのに後って変!」


 その一言で、コテツの決意は見事に水泡に帰した。


「へ、変かな」


 カガミが向かった先は、石のベンチが据えられた小さな休憩スペースだった。

 崖からせり出すような形状で、眼下にはゴカ村の街並みが広がっている。

 手を放したカガミは小走りでベンチへ向かい、くるりと振り返って腰を下ろした。


 石のベンチに座り、こちらを見上げるカガミ。

 その視線が何を求めているのかを悟り、コテツは紙袋から髪飾りを取り出した。


 頭上から降り注ぐ陽光を受け、髪飾りは艶めかしく揺らめく。

 生き物のようにきらめく玉虫色の輝きに、思わず目を奪われる。

 だがすぐに気を取り直し、タマルリアゲハの髪飾りを、そっとカガミの黒髪へと添えた。


「よく似合ってるよ」

「おっほん。では……。コテツさん」


 カガミは立ち上がり、背筋をすっと伸ばして姿勢を正す。

 そして、真っすぐにコテツの目を見つめた。


「私を、一生守ってくださいね!」

「ああ、カガミは俺が絶対に守る! 俺の命に賭けても!」

「賭けには絶対に勝ってくださーい! で、私を幸せにすること!」

「絶対に幸せにする!」

「んふふふ! 約束だよ!」

「世界で一番愛してる?」

「愛してるよ。……って、俺から言わせてよ」

「んふふふ!」


 夢見心地のまま、カガミは顔を綻ばせる。

 そしてベンチの上に立ち、蝶のように両腕を広げると、そのまま満面の笑みでコテツに飛びついた。


「おいおい!」


 慌てて受け止めるコテツ。

 勢いのまま首にしがみついたカガミを、両腕で抱え込み、お姫様だっこの体勢でようやく落ち着く。


「あとは指輪だね! お父さん驚くよー! あはは!」

「お、おう、指輪。しかも、オヤッさんに挨拶もかあ」


 苦笑が浮かびそうになるのを、コテツは必死にこらえ、表情筋を引き締めた。

 これ以上の出費が嵩むのでは、という現実的な不安は、腹の底へと押し込める。


 細い肩を抱き直し、気づかれぬよう小さく息を吐いた。

 だが、口元に近い位置にいるカガミは、そのかすかな変化すら見逃さない。


「あ、お兄さん、幸せの吐息ってやつですか? んふふふ」


 頭の中で勘定を始めかけていたコテツだったが、そのまなじりを下げた愛しい表情を前にして、金の心配をする自分が急に滑稽に思えた。


「ははは、そうだな。ユーゴの言う通り、出世、頑張るか!」

「ユーゴに負けるな! 出世しちゃえ! それでこそコテツだー!」







 二人と別れたユーゴは、護国王広場の裏手にあるPFGへと足を向けていた。

 再び無線を受信し、簡潔な報告を聞き終えると、西に広がる純白台地へと視線を向ける。


 彼の視線の先、森林の合間で、複数の小さな人影が蠢いた。

 取り出した双眼鏡を覗き、ユーゴは小さく呻く。


「……来たか」


 双眼鏡のレンズが捉えたのは、真っ白な岩棚と森林の切れ目を進む、青い軍服の兵士とその隊列だった。

 双眼鏡を収めると、無線のマイクを外して口元へと運び、ゴカ村のユニオン支部へ連絡を入れる。

 本部への報告を終えると、間髪入れずに部下へ指示を飛ばした。


 一通りの通信を終え、無線を切る。

 そしてもう一度、純白台地を一瞥した。


「エンブラね……これで少しは刺激のある毎日になるさ、なあ、ユーゴ」


 独りごちるように呟き、ユーゴは一本の鉄柱へと近づく。

 鉄柱に張られた金属製ワイヤーが、風を受けて低く唸りながらしなっていた。

 脇に設置されたケージの内部には、棒状のステップバーが何本も吊り下げられている。


 ユーゴは、その一本へ迷いなく飛び乗った。

 棒の下端に設けられたステップに足を掛け、起動スイッチを押し込む。

 ステップバー上部、根元の滑車部が小刻みに震え、直後、エンジン音が弾けた。


 PFGの起動を確認すると、コントロールバーを強く握り、発進させる。

 小型エンジン特有の、軽くけたたましい排気音をまき散らしながら、PFGは即座に加速した。


「騒音クレームだけが心配だな、PFGは」


 ぼやくユーゴを乗せたPFGは、さらに速度を上げる。

 滑空する鳥を追い抜き、風を裂きながら、山の斜面を一気に下っていった。

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