表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
15/84

0-15.タマルリアゲハ③

「お、そういやあ、知ってるかい? 護国王ギンノウ様も祖人族だって話もあるってのは。紅に染まる額の天眼は、額に宝石が埋まっている祖人族の特徴と一致するってえ話だ」


 銀嚢好きのコテツの肩が、思わずぴくりと跳ねた。

 その微かな反応を逃さず、ユーゴが一歩踏み出し、緊張で強張る肩をぽんと叩く。


「出た出た。婚約飾りは給料三か月分だっけ? あのねコテツ君、庶民の常識ってのは、経済を回している商売人のマーケティングで組み立てられてるのさ」

「ん……おん? 何言ってんだお前。あ、ユーゴが商売人って話か?」

「商売人じゃなくて、友人としてのアドバイスさ。無学で薄給の甲斐性無しな一般ザコ隊員のコテツ君、こういうものは買っておいた方が将来のためになる。たとえ給料三か月分という大きな買い物でもさ」


 コテツは口にしない。

 実際には三か月分どころか、給料四か月分だという事実を。

 繊細すぎる計算が脳裏をよぎり、言葉が喉で詰まる。


「おま……お前! ……背中を押すのかと思ったらぼろクソに言いやがって! で……ためになるって,なんで?」

「資産になるって言ってるのさ」


 ユーゴは隊員服の襟を整え、口角を上げた爽やかな笑顔のままムロージへ視線を向けた。


「ムロージさん、これ、鑑定書とか証明書ある?」

「ぬかりねえよ! トルリク共和国政府公認だ!」


 親指を立てるムロージに、ユーゴも同じ仕草で応じる。

 髪をかき上げ、微笑みを崩さないまま、今度はコテツの肩に手を置き、柔らかく揉みほぐした。


「これだけの品は、これから値上りするってことさ。それにさ、ここで買い渋るなんて選択肢、あるのかなあ? 一人の男として。そう、一人の男として、さ」

「わざとらしい作り笑顔で煽りやがって……ちくしょー」


 穏やかなほほ笑みを浮かべたまま、ユーゴは肩を揉み続ける。

 その口角は、最後まで下がらなかった。


「こんなに可愛らしい彼女さんが髪飾り欲しがってるんだ。この意味、わかってんだろう! 男を見せるにはいい日だぜ! お天道様もそう言ってらあ!」


 箸を掲げ、高々と天を指すムロージ。

 それに呼応するように、蝶の髪飾りを頬に添え、ぴょんと跳ねるカガミ。


「お兄さんわかってるんだろー! お天道様いぇいいぇい! いぇーい!」


 三人に囲まれ、コテツはぐうの音も出ない。

 退くに退けず、踏みとどまるだけで精一杯だった。

 ただ一人。

 肩に触れるユーゴだけが、その心の内を察している。

 ユーゴは、コテツにしか届かない声量で囁いた。


「いざとなったら、足りない分は貸すからさ」

「うおお、ユーゴ……心の友よ……」


 友の援護を得て、舞台は整った。

 もはやコテツに許された返答は、「はい」か「イエス」か「喜んで」しか残されていない。


 大きく、そして深く。

 生まれてから一番の深呼吸を、コテツは行った。


「すうぅぅぅぅ…………はあぁぁぁぁ……ぁぁ……。ムロージさん、俺は、たった今、大きな決断をいたしました」

「おうよ!」


 一歩踏み出し、深々と頭を下げ、右手を差し出す。


「お願いいたします!」

「毎度ありい!」


 ムロージは大きく腕を振りかぶり、破裂するような音とともにコテツの手を握った。


「おめでとー! やったー!」


 喜びの声の裏で、コテツの思考はすでに次へと向かっていた。

 この大金を、どう支払うか。

 その一瞬の逡巡を、ムロージは見逃さない。

 カウンターの内側から外へ回り込み、コテツの耳元へと身を寄せた。


「心配いらねえよ、コテツさん。こう見えてもユニオンさんとは長―いお付き合いをさせて貰ってるんでえ。支払いはあとで、分割でもローンでもなんでもござれだ。ゴカ村のユニオン支部にちゃんと請求書を回しておくからよ。支払い方はゆっくりと決めればいいって」


 抜かりのない、丁寧で確実な集金体制だった。

 ユニオン支部へ直接請求を回す、その周到さに気づいたコテツは、少しだけ涙目になり、安堵の笑みを浮かべる。

 ムロージは満足そうに大きく手を叩いた。


「よーし、ちょっと待ってくんな。ローンの支払いとかちゃちゃっとやっちまうからよ! できたら書面を確認してくれ」

「覚悟して待ってます!」


 コテツの表情には、焦燥感すら滲んでいる。

 だが、髪飾りを手にして無邪気に喜ぶカガミの姿が視界に入ると、その強張りはふっとほどけ、穏やかな色へと変わった。

 その様子を横目に、ユーゴは小さく肩をすくめて笑う。


「人生ってやつを満喫してるよ。二人は」

「なんだそれ」

「楽しんでるってことでしょ。楽しいよね! コテツ!」

「おう、そりゃあな」

「正直うらやましいよ。オレなんてずっと実感ないしさ」

「実感? なんの?」


 ユーゴは、ゆっくりと手のひらを広げた。

 視線を落とし、その掌をじっと見つめる。

 閉じて、開いて。

 握りしめては、また開く。

 まるで、そこに何か確かなものが映るのを待っているかのようだった。


「生きてる!ってやつさ。こうして目に映って、肌で感じる感触に現実味がないっていうか」


 カガミはその仕草を真似て、楽しそうに手のひらを何度か開閉する。

 それにつられるように、コテツも自分の掌へと視線を落とした。


「えー? んん……? ユーゴってたまに難しいこというね!」

「俺の手にはマメしかねえな……って、こうして話してるんだから現実だろ。俺からみりゃ、ユニオンのお偉いさんちの養子になって、ユニオン付属国防大学まで出て、しかも俺と同い年で中隊長だろ? 充実しすぎだろお前! なんでも思い通り! 自由!」

「ただ周囲の期待に応えただけ。こんな出来合いの自由に、価値なんて無いさ」

「かー! それができりゃ俺だって! こう! もっといい感じに出世とか!」

「んふふふ、お互いに無いものねだりだね」


 ユーゴは手を下ろし、ふっと空を仰いだ。

 青の中を、ゆっくりと流れていく白い雲を目で追う。


「無いもの……か」

「ユーゴならなんだって手に入れられそうだけどな? おやっさんには、ことあるごとにユーゴを見習え!って言われるし」

「ははは、そりゃ悪かった」

「アタシもコテツも、ユーゴの凄さ知ってるよ?」

「ま、剣でも銃でも、指揮も実績も顔も、モテ度に懐具合もオレのが上ってくらいは知ってるさ? 特に、オレはコテツと違って狙ったものは絶対に手に入れるからさ。出世とか」


 コテツは、思わずユーゴの笑顔を睨みつけた。

 口角が上がり、白い歯を覗かせるその笑み。

 長い付き合いの中で、コテツは知っている。

 この笑顔には、からかい以上の悪意が混じることを。


「ユーゴ! てめえ! 事実陳列罪だろ! あとその笑顔やめろ!」

「あはははは! コテツも負けてないよ!」

「確かにさ、あの変な逆立ちは真似できない。恥ずかしくて」

「なんだと! すごいだろ逆さ剣立て!」


 ムロージが会計処理を進める間、三人の会話は途切れることなく続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ