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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
15/75

0-15.タマルリアゲハ③

「お、そういやあ、知ってるかい? 護国王ギンノウ様も祖人族だって話もあるってのは。紅に染まる額の天眼は、額に宝石が埋まっている祖人族の特徴と一致するってえ話だ」


 銀嚢好きのコテツ、思わず肩がピクリと動いた。

 ユーゴがすっと歩を進め、緊張高まるコテツの肩を叩いた。


「出た出た。婚約飾りは給料三か月分だっけ? あのねコテツ君、庶民の常識ってのは、経済を回している商売人のマーケティングで組み立てられてるのさ」

「ん……おん? 何言ってんだお前。あ、ユーゴが商売人って話か?」

「商売人じゃなくて、友人としてのアドバイスさ。無学で薄給の甲斐性無しな一般ザコ隊員のコテツ君、こういうものは買っておいた方が将来のためになる。たとえ給料三か月分という大きな買い物でもさ」


 コテツは口にしないが、実際には三か月分ではなく、給料四か月分だ。

 繊細な話題に言いよどむコテツ。


「おま……お前! ……背中を押すのかと思ったらぼろクソに言いやがって! で……ためになるって、なんで?」

「資産になるって言ってるのさ」


 ユーゴは隊員服の襟を正し、口角を上げた爽やかな笑顔でムロージに尋ねる。


「ムロージさん、これ、鑑定書とか証明書ある?」

「ぬかりねえよ! トルリク共和国政府公認だ!」


 親指を立てるムロージに、ユーゴも親指を立てて応えた。

 髪をかき上げ、口角を上げて微笑むユーゴは、コテツの強張った肩を柔らかな手つきで揉みほぐす。


「これだけの品は、これから値上りするってことさ。それにさ、ここで買い渋るなんて選択肢、あるのかなあ? 一人の男として。そう、一人の男として、さ」

「わざとらしい作り笑顔で煽りやがって……ちくしょー」


 穏やかなほほ笑みを浮かべ、コテツの肩を揉み続けるユーゴの口角は上がりっぱなしだ。


「こんなに可愛らしい彼女さんが髪飾り欲しがってるんだ。この意味、わかってんだろう! 男を見せるにはいい日だぜ! お天道様もそう言ってらあ!」


 箸で高々天を指すムロージ。

 そして、蝶の髪飾りを頬の横に添えて飛び跳ねるカガミ。


「お兄さんわかってるんだろー! お天道様いぇいいぇい! いぇーい!」


 コテツは三人に迫られ、ぐうの音も出ず、退くに退けずその場に踏みとどまるので精一杯だ。

 ただ一人、コテツの肩に触れているユーゴだけが彼の心情を察する。

 ユーゴは、コテツにだけ聞こえる小さな声で囁いた。


「いざとなったら、足りない分は貸すからさ」

「うおお、ユーゴ……心の友よ……」


 友の援護を受けて、あらゆるお膳立てが整った。

 コテツに許された答えは「はい」か「イエス」か「喜んで」しかない。

 大きく、そして深く、コテツは生まれてから一番の深呼吸をした。


「すうぅぅぅぅ…………はあぁぁぁぁ……ぁぁ……。ムロージさん、俺は、たった今、大きな決断をいたしました」

「おうよ!」


 コテツは一歩踏み出し、ムロージに深々と頭を下げ右手を差し出した。


「お願いいたします!」

「毎度ありい!」


 ムロージは右手を振りかぶり、強烈な破裂音と共にコテツの手を握った。


「おめでとー! やったー!」


 早速コテツはこの大金をどう払おうかと思案しはじめた。

 ムロージはコテツの目に宿った微かな不安を見逃さない。

 カウンターから店先へ出てくると、コテツにそっと耳打ちをする。


「心配いらねえよ、コテツさん。こう見えてもユニオンさんとは長―いお付き合いをさせて貰ってるんでえ。支払いはあとで、分割でもローンでもなんでもござれだ。ゴカ村のユニオン支部にちゃんと請求書を回しておくからよ。支払い方はゆっくりと決めればいいって」


 抜かりのない丁寧確実な集金体制だった。ユニオン支部へ請求を回す、という部分に用意周到さを感じたコテツは、少しだけ涙目になって微笑んだ。

 ムロージは大きく手を叩く。


「よーし、ちょっと待ってくんな。ローンの支払いとかちゃちゃっとやっちまうからよ! できたら書面を確認してくれ」

「覚悟して待ってます!」


 コテツの表情には焦燥感すら漂っているが、髪飾りを持って喜ぶカガミを見ると、その表情は穏やかなものになった。ユーゴは、二人の様子に肩をすくめて笑う。


「人生ってやつを満喫してるよ。二人は」

「なんだそれ」

「楽しんでるってことでしょ。楽しいよね! コテツ!」

「おう、そりゃあな」

「正直うらやましいよ。オレなんてずっと実感ないしさ」

「実感? なんの?」


 ユーゴは手のひらを広げるとじっと見つめた。

 手のひらを閉じ、開いて、握りしめてはまた開いて、自分の手のひらを凝視している。


「生きてる!ってやつさ。こうして目に映って、肌で感じる感触に現実味がないっていうか」


 カガミはユーゴの真似をして、手のひらを数回開閉する。

 コテツも釣られて、自分の手のひらを見てみる。


「えー? んん……? ユーゴってたまに難しいこというね!」

「俺の手にはマメしかねえな……って、こうして話してるんだから現実だろ。俺からみりゃ、ユニオンのお偉いさんちの養子になって、ユニオン付属国防大学まで出て、しかも俺と同い年で中隊長だろ? 充実しすぎだろお前! なんでも思い通り! 自由!」

「ただ周囲の期待に応えただけ。こんな出来合いの自由に、価値なんて無いさ」

「かー! それができりゃ俺だって! こう! もっといい感じに出世とか!」

「んふふふ、お互いに無いものねだりだね」


 ユーゴは手を下ろし、空を見上げ、流れる白い雲を目で追う。


「無いもの……か」

「ユーゴならなんだって手に入れられそうだけどな? おやっさんには、ことあるごとにユーゴを見習え!って言われるし」

「ははは、そりゃ悪かった」

「アタシもコテツも、ユーゴの凄さ知ってるよ?」

「ま、剣でも銃でも、指揮も実績も顔も、モテ度に懐具合もオレのが上ってくらいは知ってるさ? 特に、オレはコテツと違って狙ったものは絶対に手に入れるからさ。出世とか」


 コテツはユーゴの笑顔を睨みつけた。口角が上がり、白い歯が輝く彼の笑顔には悪意があると、長い付き合いのコテツは知っていた。


「ユーゴ! てめえ! 事実陳列罪だろ! あとその笑顔やめろ!」

「あはははは! コテツも負けてないよ!」

「確かにさ、あの変な逆立ちは真似できない。恥ずかしくて」

「なんだと! すごいだろ逆さ剣立て!」


 ムロージが会計処理を進める間、三人の会話は途切れることなく続いた。

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