0-13.タマルリアゲハ①
ここ護国王は標高約二五〇〇メートル。
じりじりと登る太陽は、ちょうど目の高さにあり、朝の温もりを帯びた光は、次第に暑さを振りまく昼の陽ざしへと変わり始めていた。
デザートを食べ終えた三人は、そんな陽光の下、広場の奥へと歩いていた。
「コテツはいつもの掃除に行くとこ?」
「そうだなあ、カガミとクレープも食べたし」
「今日のトレーニングいいの?」
「……ノダナ族を運んで疲れたから、今日はいいかなーって思ってたとこ」
ユーゴが片方の眉を跳ね上げ、わざとらしく距離を詰めてコテツの顔を覗き込む。
「体力に能力全振りのコテツ君がトレーニングさぼっていいのかい? ゴカ村を守るユニオン隊員なのに、体が鈍ってたら困るんだよなあ」
「なぬ! 誰が鈍るって!」
冗談半分の挑発であることは明白だ。
だが、それを真正面から受け取るのがコテツ。
彼は腰の刀を鞘ごと抜くと、両手で柄を握り、ためらいもなく地面へ突き立てる。
「見せてやるぜ! 俺の身体能力の高さを!」
刀の柄を順手で握ったまま、コテツは腕に力を込め、足ごと体を浮かせた。
刀だけを支えに、見事な逆立ちの姿勢を取ると、そのままぴたりと静止する。
「これが俺の編み出した逆さ剣立てだ! すげえだろ!」
あまりにも唐突なパフォーマンスに、ユーゴは思わず声を上げる。
隊長という立場にある彼にとって、隊員服のまま人目を集める行為は、決して笑い事ではなかった。
「ちょ、ちょ、いきなり何してんのさ!」
一瞬ぎょっとした通りすがりの観光客たちも、すぐに観光地特有の大道芸の類だと受け止め、足を止めてコテツの動きを注目し始める。
ユーゴの杞憂など、当のコテツとカガミには届いていなかった。
「すっごーい! コテツ! ぐってできる? ぐぐぐって!」
カガミは両腕を曲げたり伸ばしたりして、身振り手振りで伝えようとする。
その無邪気な煽りに、ユーゴの表情はさらに引きつった。
「ちょ! カガミちゃん! コテツ、隊員服着たままやめろよ? そういうのは! な?」
しかし、コテツの耳には、すでにカガミの声しか入っていなかった。
「余裕だぜ! このまま……どうだ!」
不安定な刀の上で逆立ちしたまま、コテツは慎重に握りを調整する。
次の瞬間、腕に力を込め、逆立ち腕立てを始めた。
一回、二回、三回――。
回数を重ねるたびに注目は集まり、やがて周囲から歓声が上がり始める。
「あの人すごーい!」
「さっきの隊員さんだ! ノダナさんを頭に乗せてた人!」
気が付けば、周囲には人垣ができはじめ、完全な一騒動になっていた。
ユーゴは額を押さえ、そのまま天を仰ぐ。
「そういうことするから出世に響くってのにさ……写真まで取られて……はあ」
しばらく逆さ剣立てを披露した後、コテツは勢いをつけて跳び上がり、宙返りして見事に着地してみせた。
両手を天に掲げ、集まった人々へ向けて胸を張る。
拍手喝采が起こった。
コテツは逆さ剣立ての負荷で張り上がった肩の筋肉を、誇らしげに叩く。
「どうだ! 見たかユーゴ!」
紅潮したコテツの笑顔。
飛び跳ねながら拍手を送るカガミ。
そして、あきれ果てて言葉を失うユーゴ。
「すっごーい! さすがコテツだね!」
「ええ……筋肉を? 歓声を? どれを見ろってのさ」
「逆さ剣立てだよ! すげえだろ!」
「ったく、まあコテツのそういうバカな所は嫌いじゃないけどさ」
達成感に満ちたコテツの笑顔を前に、ユーゴは結局、呆れて笑うしかなかった。
そのとき、立ち並ぶ露店の一角から、威勢のいい声が飛ぶ。
「兄ちゃんすげえな! まるで軽業師だ! どこのサーカスで働いてんだ?」
茶碗を片手に、白いハチマキを巻いた青年が、コテツに向かって手招きをしていた。
彼の露店には、格子状の棚に、ところ狭しと銀色の装飾品が並べられている。
「俺はユニオンの隊員だよ! サーカス団員じゃねえって!」
「兄ちゃんなら軽業師も顔負けよ! いあや、大したもんだ。どうよ、良いもん見せてくれた礼だ。ちょいと見ていきな! 掘り出しもんがあるぜ!」
褒められて悪い気はしないのか、コテツは招かれるまま露店へと歩み寄った。
カガミとユーゴも、その後に続く。
「オイラはムロージって行商人だ。商いになるなら、物でも情報でもなんでも扱ってる」
ムロージは木製のカウンターの上に、観音開きのケースをどんと置いた。
留め具を外して左右に開くと、年季の入った焦げ茶色の漆塗りケースの内側に、色とりどりの宝飾品が整然と並ぶ。
金属の鈍い光と宝石のきらめきが、露店の影の中で控えめに輝いた。
「あー、勘違いしちゃあいけねえよ? 商人の仁義に反するもんは一切あつかっちゃいねえ! 福を売るのがオイラの商売だ! ま! 百聞は一見にしかずだ! こいつを見てみな! っと、その前に、そちらの素敵なお嬢さん、失礼だが歳を聞いてもいいかい?」
「うん! いいよ! 先月で十七歳になったばっかり!」
「お! やっぱり! ってこたあ、奇遇だねえ。今夜はクトファ流星の夜! 成人祭も間近だ! こいつはめでたいねえ!」
「もー、知ってるくせに。このペイント見たらバレバレだよ! あはは!」
カガミは自分の頬に描かれた赤い火焔の紋様を指さし、少し照れたように笑った。
それを見て、ムロージはわざとらしく頭をかき、白いハチマキをずらして見せる。
一方のコテツは、話の流れが掴めず、二人の顔を交互に見やった。
「え、あ、もしかして、二人は……あ!」
言いかけた言葉を途中で飲み込み、コテツはふと視線を逸らす。
次の瞬間、視界の端に入った光景に、思わず二度見した。
露店の後ろ、荷物の影になった場所で、見覚えのあるノダナ族が仰向けになり、気持ちよさそうに眠りこけている。
「んごー……ぷすぅ……んごー……ぷすぅ……」
腹の上には、食べかけのドーナツがちょこんと乗せられたまま。
まるでここが自分の定位置であるかのような無防備さだった。
コテツは、思わず指を伸ばして指し示す。
「さっきのノダナ族!」
「あはは、ノダナ族さんと旅している商人さんがいるって言ったでしょ。それがこのムロージさんだよ」
ムロージは額の白いハチマキをきゅっと締め直すと、威勢よく自分の額を叩いた。
「相棒から聞いてるぜ! コテツが助けてくれたのだなーってよ! もしかしなくてもだ、兄さんがノダナ族を背負ってきたいうコテツだろう?」
「助けたっていうか、手伝おうかって言ったら、体をよじよじと登ってくるから。流れで」
「へえ、そいつあ珍しい! ノダナ族はけっこう人見知りなんだがねえ」
「しかも、ドーナツも貰ってたよ! ね?」
「ドーナツまで! へえええええ」
ムロージは腕を組み、今度はコテツの足先から頭のてっぺんまで、じっくりと視線を走らせた。
宝石を品定めする時と同じ目――だが、見ているのは品物ではなく人間だ。
「オイラの相棒が認めたなら、ただの掘り出し物じゃあつり合いがとれねえや。ちょいと待ちな!」




