0-12.護国王伝説
護国王広場へ次々になだれ込む観光客の行列は、広場を横断すると、奥に鎮座する石造りの神殿跡地へ移動していった。
青年ガイドは、石碑の前で振り向くと、全員が到着するのを確認してから声を張り上げる。
「はーい! こちらがクロイド遺構の最上部に位置する建築物、護国王のお社です!」
お社と呼ばれた建造物は、岩石の塊であるギンノウ山の頂部分をくり抜いて作られていた。
洞の入口には、せり出した屋根と支える石柱があり、十m以上ある死角い洞の内壁に至る全ての箇所が、四角く切り出された片麻岩を緻密に積み上げ築かれている。
ぽっかりと口を開ける洞の、脇に設置された石碑の横。
青年ガイドが慣れた口調で解説を始める。
「主祭神は二千年以上前にこの地を治めたとされる、戦いと火の化身、護国王銀嚢様です。銀の嚢と書いてギンノウですね」
「銀のふくろ? 金のふくろだったら、よおおく知ってるぜえ! ははっ」
下品に笑う男の反応に、微笑む青年ガイド。
「ありがとうございます! まさにこうした言葉を銀嚢様が耳にされた時、皆さんが登ってきた階段の終点、あの二本の石柱が大活躍しました!」
登ってきた階段を指さすガイドに合わせて、観光客たちは一斉に千乗階段に振り向く。
「先ほどのような言葉を言った人間は直ちに捕えられました。そして、向かって右側の石柱に上半身、左側には逆さにした下半身をそれぞれ磔にして、鳥の餌にされたという言い伝えが残っています。石柱をよーく見ると、最上部に血の染みが残っているんですね~」
「ひえ」
小さく呻いたのは野次を飛ばした男だ。
青年ガイドは、男の表情を見て満足げに頷く。
「銀嚢様がなぜ護国王と呼ばれるのか、それは、この辺り一帯はおろか、アウルカ国すべてがシュシュ帝国の侵略を受け蹂躙されたのがきっかけです。蒼氷の太刀・濡焔を持って敵兵を打ち破り、兵をあげ、敵国へ攻め入り、その悉くを斬り殺した銀嚢様は、シュシュ帝国の全てを燃やし尽くしたと言います。銀嚢様の鬼神の如き強さと無慈悲な戦いぶり、地獄のような戦地を見た人は【焔が飲み込む断末魔とその戦禍、まさに紅蓮の怨嗟なり】と記しました。この戦いによってシュシュ帝国は急速に衰退し、荒廃を極め、現在南東にあるシュシュ砂漠にその名を残すだけです。シュシュ帝国の石碑などには、【紅怨の銀嚢】という一文が残っているほどです」
説明を聞いて、家族連れの父親がぽつりと呟く。
「皆殺しの上に焼くなんておっかない。報復っていうにしても……」
「そう? 子供の仇なら殺して燃やしても足りないくらいよ」
一方、幼子を抱く母親の方は、周囲にはっきりと聞こえるよく通った声だった。
父親は、子供の寝姿を見て大きく頷いた。
「……そうだな」
観光客たちの反応を一瞥したガイドは、手にしていた旗を掲げた。
「では、次は本殿に祭られている銀嚢様の像を見ていきましょう。銀嚢様は見目麗しく聡明な女性であったとあります。もとは銀の嚢ひとつでシュシュ帝国に身を売られた女性とされていますが、シュシュ帝国を滅ぼした際の書物には、隻腕隻眼で鬼のように角があったとも、血濡れの第三の目があったともいわれており~」
青年ガイドは、高々と旗をあげて、奥の社へと移動していった。
観光客たちは彼の後ろについて社を目指す。
聞きなれたガイドの口上を肴に、コテツたち三人はクレープを食べ終えた。
「銀嚢様って言ったら、ゲン爺だよな」
「銀嚢様ゲキ推しだもんね!」
「あれは下心っていうのが正確さ」
「下心と推しってどう違うの?」
「いやらしい……とか?」
「見返りを求めるかどうか、じゃない?」
「あー! ユーゴ、深い! コテツはいやらしい」
「いやいや、下心のイメージってそうでしょ!」
「はっはっは、どうしても差がついてしまうのさ」
「あははは」
栗色の髪をかき上げるユーゴを、コテツが恨めしそうに睨んだ。
カガミはそんな二人のやり取りを見て、歯を見せて明るく笑う。




