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真珠に込められた想い

絵画の中にある「静けさ」と「感情」。

それらが、もし言葉を持ったら——どんな声で、どんな想いを語るのだろう。


本作は、フェルメールの名画『真珠の耳飾りの少女』をテーマに、現代に現れた“彼女”との対話を描く物語です。

ぱーちゃん——彼女は、美しさを称えられ続けた少女。

でも、それは時に、檻のように心を縛ってしまうものでもありました。


本当に見てほしかったのは、外見ではなく「私自身」。

そう願いながらも、言葉にできなかった想い。

そんな彼女の前に現れたのは、少しチャラくて、ちょっとキザで、でも人の感情に不思議と敏感な“研究者”でした。


この物語は、美しさの裏に隠された孤独と、

言葉にならない気持ちを解いてくれる誰かとの出会いの記録です。


では、ぱーちゃんの物語を、どうぞお楽しみください。

第一章:麗しき新入り


「さーて、今度の私の嫁になってくれる人物を召喚完了!」


研究室の扉が乱暴に開かれ、久賀が腕を広げて登場した。どこから出したのか赤いバラを咥え、ポーズまで決めるその姿に、こはるは早速うんざりしていた。


「何その登場、恥ずかしすぎる……」


「こはるちゃん、これが情熱ってやつさ。さて、紹介しよう。オランダが誇る青の貴婦人、パールの乙女——“ぱーちゃん”!」


呼ばれたその人物は、すっと久賀の後ろから現れた。ターバンを巻いた少女。肌は陶器のように滑らかで、瞳は静かな湖のように澄んでいる。そして耳元には、真珠の耳飾りが、柔らかく光っていた。


「……! これ、本物……!」


こはるは思わず息をのんだ。あの『真珠の耳飾りの少女』が、まるで絵の中からそのまま抜け出してきたかのようだった。


「ねえぱーちゃん、朝ごはん食べた?良かったら一緒にクロワッサン食べようよ。バターの香りが君の気品とマリアージュって感じ?うーん、たまらん!」


「……はい?」


少女が目をぱちくりさせた。明らかに戸惑っている。が、久賀はお構いなしだ。


「ぱーちゃんは美の結晶!絵画界のヴィーナス!ねえ、ちょっと手、繋いでみよっか?こう、現実と芸術の融合、尊い……!」


「やめんかい!」


こはるが渾身のツッコミを入れる。毎度のことながら、召喚直後の久賀のテンションは振り切れていた。


「何なんですかこの人……」


ぱーちゃんがこはるにそっと耳打ちした。


「こはるちゃん、これが彼の通常運転。とりあえず流して、あとは私が地面に引きずり下ろすから」


「助かります……」


第二章:檻の中の宝石


午後になり、研究室の空気は一転して静まり返っていた。


ぱーちゃんは窓辺に座り、遠くを見つめていた。絵画のような美しい横顔だったが、どこか影が落ちている。


「……皆、私を“綺麗”って言うの。でも、それだけなの」


小さな声だった。


「『かわいいね』『綺麗ね』『お人形みたい』……そればっかりで、中身の私に気づく人はいなかった。私は……そんなに浅い人間じゃないのに」


彼女の指先がそっと耳飾りを撫でる。柔らかな光が揺れた。


「私、ずっとわからなかったの。この耳飾りが“私の魅力”って言われるたび、なぜか少し……嫌だった。父が選んでくれたものなのに」


「ぱーちゃん……」


こはるは言葉が出なかった。それは、現代でも少なからず感じる、外見に偏った評価への苦しみだった。


「母も祖母も、この真珠を受け継いできた。皆にとっては誇り。でも私は、それが自分の“価値”そのものに思えてしまって……いつも、それに囚われてた」


それは、宝石のような美しさの裏に隠された、見えない鎖だった。


第三章:真珠が語るもの


その夜、研究室でこはるがぽつりとつぶやいた。


「真珠って……なんであんなに大事にされるんでしょうね」


久賀がソファに寝転びながら答えた。


「真珠にはね、特別な意味がある。特に母から娘へ贈られるものは、娘が嫁ぐ時や大人になる節目に渡すことが多い。幸せを願って、大人としての品格を託して」


こはるが目を見開いた。


「じゃあ、ぱーちゃんがつけてるのも……」


「そう。あれは、ただの飾りなんかじゃない。父——フェルメールと母が、彼女に込めた“愛情そのもの”だよ」


その瞬間、部屋の隅にいたぱーちゃんが、ぱたんと膝をついた。


「……うぅ……あ……」


肩を震わせながら、泣き崩れる彼女に、こはるはそっと近づいた。


「……両親は……ちゃんと、私を見てくれてたんだね……外見じゃなくて……私の心を……」


「キミは本当に、両親に愛されていたんだ」


久賀の声が、いつになく穏やかだった。


ぱーちゃんはその場で泣き続けた。絵の中に封じられていた感情が、今、ようやくほどけたのだ。


第四章:絵画は、私に語りかける


翌朝、ぱーちゃんはこはるに微笑みながら言った。


「ありがとう。昨日のこと、忘れない。……そして、久賀さんにも」


「久賀さんは、キザだけど……本当に、よく人を見てるよ」


「でも、自分のことはあまり語らないのね」


「うん、なんかずるいくらいに」


こはるとぱーちゃんは、少し笑いあった。その笑顔は、昨日よりもずっと柔らかくて自然だった。


そして、ぱーちゃんは静かに絵の中へと帰っていった。真珠の光が、朝日に照らされ、揺れていた。


こはるは新しいキャンバスに向かう。いつもと違う——けれど確かに“心が乗った線”を描いていた。


「……ああ、なんか私もお母さんに電話しよっかな」


一方、研究室の床には、例のごとく倒れ込む久賀の姿が。


「……ああ、また振られた……!ぱーちゃんの涙は見たけど、俺の恋はいつも片道切符……!」


「わかったから、もうちょっと静かにしてて!」


こはるのツッコミが響いた。けれどその口元は、どこか微笑んでいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


今回の主役は、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』。

"ぱーちゃん"という愛称で呼ばれた彼女は、誰もが認める美しさを持ちながらも、

その美しさゆえに「中身を見てもらえない」という、繊細な苦悩を抱えていました。


人は、見た目や才能、立場などで勝手に価値を決められてしまうことがあります。

でも、本当に見てほしいのは、もっと奥にある「その人らしさ」なのかもしれません。


ぱーちゃんが流した涙は、長い間しまい込んでいた本当の気持ち。

そして、久賀が静かに差し出した言葉は、それをそっと解きほぐす鍵でした。


真珠に込められた母の想い。

それは、「あなたは愛されていたんだよ」という、何よりも強く優しいメッセージです。


次回もまた、新たな絵画と心の物語をお届けします。

それぞれの絵画に宿る「想い」と「声」に、少しでも耳を傾けていただけたなら、嬉しく思います。


それではまた、次の物語でお会いしましょう。

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