第4話
〈合理的な判断〉
以下スキル効果
②パッシブスキル
その場に応じて、合理的な判断に不必要な感情を適宜、最大100%カットする。
驚くべきことにスキルが変化していた。
(スキルの一部が文字化けしていたのは俺に真のスキル効果を気付かせる為か、むしろその逆か。どちらにせよ、元々俺に与えられたスキルの効果は定義をまるで神様が自分で考えなさいとでも言っているような曖昧なスキルばかりで、その中でも〈合理的な判断〉は一番に曖昧なスキルの内容だったんだ。気にせず行こう。だが問題はこの真のスキル効果もまた曖昧な事だな、とりあえず逆説的に合理的な判断に必要な感情が何かを考えておこう)
その日の夜、『男』は“自室”で考え事をしていた。
(これが〈洗脳〉の効果か、凄いな)
『男』は奴隷商人に自分用の防寒が優れている部屋を用意してもらっていた、しっかりとした食事と共に。そしてこの奴隷商人の行動によって今の〈洗脳〉ではどの程度自分が望む事を何も言わずとも相手がやってくれるのかを把握したのであった。
(それにしても、やはり子供の奴隷は売る気が無かったんだな)
よくある、いわゆる“奴隷”という存在は、いつも『薄汚れていて』、『病気にかかっている』というテンプレートがあるが、しかしよく考えて見るとこれにはおかしな点がある。奴隷商人にとって奴隷は“商品”だ。商人には商品の品質管理をする事も仕事のうちであり、商品を適切な保存場所に置き、期限が過ぎたもの、腐ったモノがあれば処分するように“奴隷”も適切な場所で栄養も含め、しっかりと管理され、不必要なものは処分しなければならない。しかしこの奴隷商人は子供の奴隷の管理が杜撰であった。これは単純に奴隷商人が小児性愛者だった事と――、
(いや、子供の奴隷自体が需要が少ないんだ、買い手がいない物にわざわざ金をかける必要はない。奴隷商人はまだ優しい方だな)
――という理由であった。何故そんな事を考えたのかといえば、『男』がいる自室は通常の売り物としての奴隷を販売している区画の一部屋だった為だ。『男』は自分達売れない子供奴隷と通常の奴隷の扱いが違う事に気付いていたが、実際に比べるとこんなにも違うのかと思ったのだ。
だが『男』はそんな関係のない事ばかりを思考しているわけではなかった。
(合理的な判断のスキルで常に切り捨てられていない感情は、多分…これらだな)
〈合理的な判断〉に常に切り捨てられていない感情、つまり合理的な判断に“必要”な感情というのは3つだ。
まず最初に『反骨心』だ。
反骨心というものは“敵”、自分の利益を損なわせた者、自分を侮った者、自分に危害を加えた者に対し、合理的な判断を下す際に必要な感情である。だがその感情には〈合理的な判断〉のおかげで過剰な反撃を起こしてしまう感情である“怒り”は伴わせない。
次に必要な感情は『興味、関心』である。最初に言っておくがこれは『好奇心』とは少し違う、『好奇心』はそれは時に自身の安全を無くす。だが、『興味、関心』は大事だ。興味はもちろん自分の知識や情報を増やす際に必要であり、その情報や知識は合理的な判断に役立つ者だ。関心は例えば敵であっても優秀な者を侮らず、しっかり「コイツは優秀だ」とリスペクトし、敵から学ぶ事がある際に必要である。
最後に必要な感情は『共感』だ。
一見、合理的な判断には必要ない感情だと思うだろうが、それは悲しみや、怒り、悔しさ等、他の感情を含む『共感』だ。
『共感』それ自体は、相手を理解する為に役立つ感情であり、“ヒト”という種が世界の生物の頂点に立った一番の理由である“コミュニケーション”を円滑に行うに必要だ。
もちろん〈合理的な判断〉は適宜感情を必要か不必要かフィルターするので全ての場合にこれが当てはまる訳では無い、例外はどんなものにも必ずある。例えば、誰か知り合いの葬儀に参列する際にはポーズとして悲しむだけでなく実際の悲しみという感情が必要であるかも知れないし、部下へ発破をかけるために多少の怒りが必要かも知れない。実際に先程の奴隷商人との会話では、驚いたり何かを反応、リアクションを取れば奴隷商人への弱みとなるため、自分の祖国に対して『興味、関心』の感情が全く無くなっていた。だが通常時はこの3つの感情が作用している事を『男』は感じていた。
そして『男』は凍死寸前となった自分を治した能力は何だったのかというテーマでも考察していた。
(俺は前まではこの5つのスキル以外にも何かあって、スキルを得た代償にこの5つ以外のスキルが認識出来なくなる。という考察をしていたが、どうやら違うらしい。では妥当な考察は、俺が転生者であること、スキルを得た事以外に“もう一つ代償を払っている”ということか? )
『男』の考察はこうだった。
〈合理的な判断〉の効果の変化で自分の感情が無くなっていることに気付く前は
①自分が転生者だと気付く
↳代償に『自分の名前を認識出来なくなる』
②新たに5つ+? のスキルを得る
↳代償に『自分が得たスキルの5つまでしか認識出来ない』
という考察だったのがスキルが変化したで自分の感情が無くなった事を知った結果
①自分が転生者だと気付く
↳代償に『自分の名前を認識出来なくなる』
そして次が変わり、
②新たに5つのスキルを得る
↳『自分の感情が無くなる』
③凍死寸前から生き返る(スキルを得た? )
↳代償『???』
だと云うことに気付いたのだった。
(だとしたらその代償で払ったもので時系列的にスキルを得る前に起こった特殊な出来事と云えば…あれか…? )
『男』には思い当たる節があった。というのは前に部屋の同居人が死んだ際の自分の反応だった。『男』は仮にも貴族の長子としての情操教育を受けており、この時代にしては珍しく、人の死を悲しむことが出来る人間であったにも関わらず、同居人が死んだ際に最初に感じた感情は食事を多く摂れる事を『喜ぶ』だった。一見、ただ過酷な環境によってそう感じてしまっただけだったのかとも思ったが、よく考えて『男』の、いや、“貴族としての誓約”がこれを否定していた。
この世界において貴族なら必ず行わなくてはいけない事。それが“誓約”であった。破ったら何か罰則が与えられる、そんな事は無い、何故ならそもそも破りたくても破れないものだったからだ。誓約は主に2つ行い、貴族であれば『王を敬う事』、『自分より下の階級の者を慈しむ』で、騎士を含む準貴族はそもそも誓約をする事が稀であるがその誓約をする者の中で自分が仕える主への忠義が厚い者は誓約の1つ目を王ではなく『自分が仕える主(貴族)を敬う』とする場合もある。だがしかしこれには抜け穴があり、これはあくまでも敬っているだけ、慈しんでいるだけ、でありその感情がノミ程の感情であっても許される事だった。『男』はスキルを得たの脳の疲弊で究極の精神系スキルの効果である“誓約”は消されていたが、同居人が死んだ時間では、まだスキルを得ていなかったため、『男』と違い、産まれてからずっと奴隷だった同居人の死を全く慈しまないというのはおかしい事だったのだ。
(つまり、俺が凍死寸前で生き返えらせたナニカの代償は…『倫理観』だろう)
『倫理観』、道徳観、道徳心と言い換えることも出来るが、何故『男』がこれが代償だと断言出来たかと言えば、同居人の件と奴隷商人との件だった。いくら感情がなくなったと云えど、男に凌辱されるというのは本能的に、生理的に、そして“倫理的”に嫌悪してしまうものだ。
倫理というものは、本能的、生理的に嫌悪する事を体系化したものだと考えられている。例を挙げれば、“人を殺すのは悪い事だ”というのは、本能に同種を殺してしまうことは種の危機に関わる事だ、と刻まれているからであり、合理的に考えれば人類にとって良い事しかない“人体の複製”、つまりクローンを作る事が禁止されているのも“自分達の種の多様性が失われる”という本能的な危機があるからである。この様に考え、『男』は代償に『倫理観』を失ったという事に気付いたのだった。
(まぁ、代償はともかく、俺を救った力が何なのか、考えないとな……、)
心の中でそうは思っていても『男』には思い当たる節があった。
『精霊の祝福』である。
この世界においても、精霊というものは神として認識している宗教も多い、教会による祈祷によって精霊に祝福をしてもらう事も多いが、精霊は気まぐれに誰かに祝福をかける事があり、その精霊の祝福の中で最上位のものは人を蘇らせる事もあったのだ。
(だとしたら、俺が交渉した高次元存在も精霊な可能性があるな。一応お祈りをしておこう)
『男』はそう考え、神と精霊に祈りを捧げた後、温かい寝床に入った。
――『男』が名前を変えて2週間が経った――
『男』は自らが売られる場所が売れない子供奴隷の保管場所ではなく、売り物用の奴隷売り場に自室が変わったことで、騎士デュースの部下が仕事用の奴隷を買いに、奴隷商人の店に着き、『男』に近づいた際、自身の半径2mに入った者へ自身の好感度を上げるスキル〈魅了〉を発動し騎士の部下の気を引き、奴隷商人に〈洗脳〉と〈話術〉で、私の名前と出生地を偽ってくれお願いしたおかげで『男』は金髪碧眼の白人であるにも拘らず、何も怪しまれる事も無くストーン家領へと運ばれるのであった。
その後、『男』は食事をしながら〈魅了〉スキルで騎士デュースと交流関係を結び、そうしてルカとムクウェネ以外の他の奴隷達には目を合わせた〈魅了〉スキルと〈洗脳〉を使い、彼らを自分の支配下とした。そしてデュースの会談で〈話術〉を使用しデュースを取り込み、ビールという“所有財産”を得る事に成功したのだ。
つまり、ここ迄の出来事は『男』にとって自分が犯される事も全て考慮された計画であったのだ。