第0話
ある男がいた――今は少年、男の子、“クソガキ”と呼んだほうが相応しい――。
その男は爵位を持った裕福な家の長男として生まれ、英才教育を施され、貴族としての“誇り”を持ち、長子として家督を継ぎ、誰もが尊敬する人間になる……はずだった。だがしかし、男の家は国内の貴族間における派閥争いに負け、家族はその男以外処刑され、唯一当主の子供だったその男は外戚の貴族――爵位はその男の家より低かった――に引き取られたが、この家の当主は中々にいい性格をしていた。彼は教会と手を組んで彼が治めている領地の民に情報統制を敷き、男の家の当主を貴族間の派閥闘争で負けた派閥の長であり、自分の子を奴隷とし、自身は国外逃亡したと領民に訴えかけ、その男が治めていた領地を奪うため、またそのことを領民に正しい事と認識させるためのプロパガンダとして男を利用し、男の家の領内を我が物とした。だが悲しきかな、国内で似たような事が相次いだ結果、国力は落ち、国としての体裁は失われ、それを好機とみた敵国から侵略され男の国は滅びた……。
だが男は生きていた。帳尻を合わせるために実際に奴隷として売られたのだ―さらに言えば国内の奴隷商人に売れば今後国内での勢力争いで不都合となると考えた外戚の当主によって国外の奴隷商人に売られた、だがその後の他国からの侵略戦争により何もかもがタラレバになってしまったのだが―。祖国が滅んだ後は、その国出身だと明かせば、ましてその国の元貴族となればどのような扱いを受けるのかそれは何となくだが男にもわかったのだ、つまり、身分だけでなく名前を変えた。
その時、男の頭の中に電流のような、敬虔な宗教人から見れば天啓が舞い降りたような、そのような感覚が男に襲った。男の事情を知るものからすれば、親が処刑され、祖国が失われ、身分も名前も失った人間がとうとう瘋癲になってしまったのだ、と思うかも知れない。
だが違ったのだ、
男は“自分”と言う人間を真の意味で知ったのだ。
自分が転生者であると。