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その王子様は困惑する。

『一部の街に貧民が雪崩れ込んでいるそうで……』

『何故だ。ちゃんと治世されていればそのような事はない筈だが……ヴァリア、すまないが一度視察に行っても構わないだろうか。』

『…いえ、私が行きます。ロジエル嬢との茶会、他国との貿易、学園と貴方様への負担が多すぎます。』

『ではヴァリア、この件は其方に任せる―――のと、』



真紅に似合う、髪飾りを見立てて貰えないだろうか。


魔力や精霊達を視る事の出来る、其の瞳が綻ぶ瞬間こそが今の自分の見たい景色だ。






+*+





此れは酷い。


自分だけが小説の中に入ったものだとばかり思いこんでいた私に、キャラクターであるフリージアが話したのは街で出会い恋に落ちるはずのティリア・マクスヴェルの話だった。

ダージリンに似た香りの紅茶を頂きながらジアの話を聞けば、ティリアの住む街は貧民が流れ込んでは出て行き、「あの街にボロで入れば金貨がもらえる」という、謎の噂でもちきりだという。

其れで彼の側近のヴィリア氏―――ヴァリア・オリグレが街を暫く視察した結果と、ジアが直接見に行った結果の話を聞かせてくれた。



「一応、僕も変装して街へ視察に行ったんだが……あまりの距離感と礼節の無さに……正直参ってしまって……僕の事に奇妙なくらい詳しい事も含め、正直彼女には近寄りたく無くて……ねぇパビー、春の夜(スプリングメア)は僕にエスコートさせて欲しい。本当は直ぐにでも婚姻をしてしまいたいけれど、まだ治世の技術や学園で学ぶことも多い……本当に、本当なんだと信じて欲しくて……」

「ジア……」



もしかして、ティリアが自分の作品の読者だとしたら。


困った展開になる事が浮かんで、憔悴したようなフリージアの頬に触れる。懇願する様な黄緑色の瞳に映るパビリアは、やはり美しくて自分の中身と外見の乖離に違和感はあるけれど。


あるけれども。


もしこの世界がちゃんと機動していかないのであれば、作者として物語をパビリア主体にしてティリアを正常にし、ハッピーエンドを迎える事が使命―――いたずらな神様への回答なのかもしれない。

パビリアの体、記憶に残る全てをフル回転させて、フリージアの首へ腕を回す。

抱きしめ返される事なんかに慣れていないけれど、大切そうに抱きしめ返してくる腕の感触はとても優しく、ガラス細工を触る様に優しい手つきだ。



「パビー……これを受け取ってくれないか。どこにいても僕が君を君が僕を分かるよう、そして君が皇后の座に座る花だと知らしめる―――皇后のペンダント。」

「ジア、待って。此れは皇家に伝わる星宿りの……!」

「母上がそんなに不安なら渡してしまいなさいって。母上は君になら渡してもいいって。ただ治世を示す指輪は、僕が王になって式を挙げる時じゃないと渡せないからさ。パビーになら渡してもいいけど、僕が未熟で…父上も元気だから。至らない皇子でごめんよ。」

「そんな事ないわ。それに私もまだまだ至らないことばかりでごめんなさい。ジアを支えるためにまだまだ学ぶべき事があるの。学園で、家で、皇后様が直に教育して下さるおかげで、私は此のペンダントを受け取る事が……許される。こんなに嬉しい事はないわ。」

「それで……春の夜(スプリングメア)は僕にエスコートさせてくれるのかな?」

「あ……えぇ、フリージア皇太子の……貴方様の花を受け取る事を此処に誓います。」

「良かった!其れではこれに誓いを。」



嬉しそうな黄緑色の瞳と王家特有の薄紫の宝石を豪奢に乗せ、それでも柔らかな印象を与える髪飾りを彼は差し出す。誓いとしてそれを受け取り、口付ける。そして渡そうと思っていたけれど諦めていたカフスを急いでリンメイに持ってきてもらって、同じように彼へ差し出した。



「私が春の夜(スプリングメア)で貴方を照らす月になる光栄を頂くことをお許しください。」

「あぁ、勿論。―――勿論だ、僕の花で、僕の月。貴方の光を受け取る事を此処に誓います。」



彼は赤い宝石を金で縁どったカフスに口付けて、其れを愛おし気に受け取る。本来ならこのカフスは使われないまま物語の最後の最後にパビリアの棺の中に埋葬されるものだ。

良かった、という気持ちと同時にティリアへの一抹の不安が浮かんだが、とりあえずはフリージアの愛がこちらにある事を確信して、ティリアと出会うきっかけとなった喧嘩の事を謝罪を口にする。

が、そんな些細な喧嘩等彼は気にもしていなかったようで、寧ろ狭量だったと自らへの反省を口にした。



「君が怒るのも仕方がないよ。あの時あんなに心配してくれていたのにそれを突っぱねた僕が悪い。母上やヴァリアにも酷く説教されたさ。」

「オリグレ様まで。」

「ヴァリアが滾々と説教するのはいいんだけど、長いのが困りものだ。」



思わず零れた笑いに、フリージアが微笑み返してくる。

小説の通りに美しい顔が自分を見てくれているというのは、こんなにも心地の良いものだと思うと同時に、人気投票第一位の強さに脅威すら感じた。イケメン怖ェ。


自分で考えた空想の人物に、愛を囁かれるなんて思ってもみなかったが、破壊力が凄い。

後、何人ティリアに篭絡されているかも確認したくて、精霊王であるウェルシアへの謁見、魔法塔のヴォール、騎士団長の―――ヴァリア。


ヴァリアは既にこの惨状を見ているから大丈夫だろうが、ウェルシアも多分見ている。が一番の懸念は魔法塔の主ヴォール。




「……マクスヴェル嬢のネックレスの宝石を見ないでください。」

「君が言うという事は、精霊ひいては魔に関する危険があるという事だね。」

「はい。マクスヴェル嬢が至上の存在の様に思え、……私の赤い髪、金の目も忌々しく見える魔力が掛かっています。彼女の唄声は魔力の塊ですので、有事の際は私に戦う事を許可してください。」

「君の力で無効化できる、という事か。」

「えぇ。宮廷魔術師には耳を塞ぐ魔法を掛けて備えてください。」

「パビー……君の言を取り入れる。僕を信用してくれ。」

「勿論です。」



そう答えると、彼は嬉しそうに笑って私を軽々と抱き上げた。変な悲鳴を上げてしまったが、フリージアは嬉しそうに、君と信じあい守り合える事がこんなにも尊いなんて、とくるくる回って私を抱きしめる。


自分で書かなかったシーンが自然に溢れてくるのが珍しくて、嬉しくて、パビリアを幸せにしたい気持ちだけが心を満たしていった。

そっか。此れはきっと神様が自分にくれた「パビリアの幸せ」へのチャンスなのだ。




「ジア、私と一緒に……絶対一緒に幸せになりましょう?」




どんな事だってやってみせる。

だって私は「作者」であり「パビリア」なのだから。



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