そのヒロインは目を覚ます。
「――――うっそ、ティリア・マクスヴェルに生まれ変わったの……!?」
朝目が覚めたら、お気に入りの小説のヒロイン、ティリア・マクスヴェルになった。
白銀の髪の毛、桜色の宝石の様な瞳、鈴を鳴らすような甘い声。
マクスヴェル家は子爵故に立場は弱かったけれど、持ち前の明るさと此の対極にある魅力で、ヒロインに上り詰め、完結まで甘い甘い物語を語った、あのヒロインになれるという夢のような転生劇が、自らに訪れたのだ。
妖精王、皇太子、騎士団長、暗殺ギルドのマスター、魔術士の長と色々な男性を此の無垢な笑顔で魅了して愛されていくのだと思うと。
「ちょーハッピーじゃーん!しかも皇太子とのエンドだから嬉しいー!」
「お嬢様?どうなさいました?」
「あ、大丈夫。メイドの……」
「フィンで御座います。」
「ふーん、ねぇフリージア様がお見えになるのはいつ?多分春の夜だから会えると思うんだけど……!ドレスはマーヴァリアに一緒に買いに行くの!でもその前に街でお会いするために街に行かなくちゃ……」
この小説「王道ラブロマンス頂きます!~悪役令嬢に負けない花~」のヒロイン、ティリアとメインヒーローのフリージアは、街で偶然に出会う。
フリージアはパビリアとの些細な諍いが原因で、街の視察を良い訳に城から飛び出してくるのだ。麻の簡易なフードを被って、同じように街で慈善活動をしているティリア・マクスヴェル―――つまり、自分と出会う。そう考えたらこれからの日々、街や裏道に"落ちている"憐れな貧民達に慈善事業を行ってやってもいい。
フリージアに自分の屋敷がある街を見せるのだから、貧民など正直出て行って欲しいけれどそうもいかない。自分はティリア・マクスヴェルに転生したからこそこんな醜態は見せたくないが、渋々帳簿やらマナーやらを学ぶしかないと思って―――やめた。
「金貨1枚でもあの貧民の引っ越しには十分な報酬よね。私―――元のティリアが貯めた金貨でも配れば勝手に裕福になるわ。アタシが出来る事でもないしー、そういうのって小説の強制力で何とかなるよね!それに渋るやつは金貨2枚ほど渡せばいいし……そうと決まれば慈善事業に手出してあげるかなー♪」
「お……お、お嬢様?」
「何?ねぇ庶民っぽくてーでもお姫様みたいな一番良いドレス出してきてよ。メイドならそれ位わかるんじゃないの?」
「…は…はい。すみません。本日は魔法学とマナーのレッスンがあるので、お出かけは控えた方が……」
「ねぇアタシは皇后になる令嬢なのよ!マナーなんて皇室で学べばいいし、今はジアに会うのが第一なのよ!わかったら衣装を出して、飾って。あとアタシ?まぁ…前のアタシが貯めてた金貨を出してきて!」
「……わかりました……」
煩いメイドに花瓶の花をぶつけて、早々に立ち退かせる。
直ぐに違うメイドが花と濡れた床を片づけに来たけれど、自分がヒロインなんだと思うとちょっとしたこういうわがままも許されるだろうし、彼女たち全員がモブで憐れで可哀想に見えた。だからと言って、アタシの宝石やドレスもあげたくないし、何より此れは神様がくれたハッピーな出来事なんだから上手に過ごしていかないと。
見ていたメイドたちに鏡に映る自分の最大の可愛さを生かした微笑みを使い笑む。
「ごめんね、きつく当たりすぎちゃったよね……でもアタシが皇后になったら、皆を王宮付のメイドにしてあげるから……」
「は、…はい……」
「今は言う事を聞いてくれる子優先しまーす!よろしくねっ♪」
やっぱりヒロインって最高!
可愛いピンク色のドレスに淡い緑のフリル、黄色のレースで飾られた素朴だけど可愛いドレスに身を包んで、金貨を片手に街へと向かった。髪の毛も可愛く編み込んで貰って、派手過ぎじゃない可愛い宝石の飾りと帽子を被った自分は、完璧なヒロイン。
「……令嬢?」
「悪いんだけど、この金貨をあげるからうちの街から出て行って欲しいの。此れがあればある程度裕福に暮らせるし、足りないなら2枚あげる。」
「い、いいんですか!?」
「いいよぉ♪あとは別の街で落ち着いたら私が最高で可愛くて優しい令嬢って噂を広めてね♪」
みすぼらしい女に金貨を渡して、ついでにジアに届くように噂を流してもらえるようにお願いもしておく。そうすればきっとフリージアの耳に届いて、アタシが心の綺麗な令嬢で、優しいって事もきっと届くと思ったら、群がってくる貧民なんて安いモノよ。
「はーい、今日は100枚だからぁ、順番に並んでね~!出て行かないなら配らないからっ!」
こうして貧民が減っていけば、ボロを着た人は消えるし生活も潤うだろうし、綺麗な街が出来上がる。
ハッピーエンドは絶対に譲れないんだから!
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交互に話を書いたりしていければいいなぁとか思ってます。