払暁に咲く激情(2)
滑走路の上に設営された、パイプテントが立ち並ぶ臨時の基地司令部。そこで、レヴ達は到着して早々、教官――もとい、ヴィンターフェルト大佐からの直々の司令を聞いていた。
「おれたちが追撃を……ですか?」
予想外の言葉に、レヴは首を傾げて当惑の声を上げる。
ヴィースハイデ基地を襲撃し、物的及び人的資源に甚大な損害を与えた帝国軍襲撃部隊――コードネーム〈反逆者〉。それに対する追撃、及び強奪された兵器の奪還。それが、ヴィンターフェルトから言い渡された司令の内容だった。
彼の赤紫の瞳が、冷厳な色を帯びてレヴ達を見据える。
「奴らは撤退に魔力翼を使用したことが確認されている。正規の魔術特科大隊が全て南部戦線へと投入されている以上、奴らを追撃でき、かつ、有効な戦闘を行えるのは君達しか居ないのだ」
ルフスラール連邦とヴァイスラント帝国は、東西に伸びる長大な河川を国境として南北に数百キロにも渡る巨大な戦線を構築している。連邦軍では、この戦線は北部と南部で大きく二つの戦線に区分されており、此処、ヴィースハイデ基地は、北部戦線の最前線から百数キロ後方の地点に位置している魔術特科兵の新兵養成基地だ。
現在、連邦軍は南部戦線にて戦局打開を目的とした大規模な攻勢作戦を実施しており、レヴ達のような魔術特科兵は、全ての部隊がこの南部戦線へと投入されているのだ。今年の教練が終われば、この基地の訓練兵達もそこへと配属になるだろうとされていた。今はもう、ここに居る四人しか生き残ってはいないが。
「……っ! そ、それはそうかもしれませんが……!」
冷ややかに告げられる事実に、レヴは真紅の瞳をきっと細める。
「だからって、なんで、正規兵ですらないおれたちが追撃任務を請け負わなきゃならないんですか!」
相手は秘密裏に国境の防衛線を突破し、この基地まで発見されずに進撃してきた、いわば隠密作戦に長けた特殊部隊だ。そのうえ、襲撃から撤退までの手際と時機の良さを鑑みるに、相手の指揮官も相当の秀才だろう。
対して、レヴ達は今年で満了とはいえ訓練兵の身だ。数の不利も予想される中で、素人の自分達が対抗できるとは到底思えない。
……それに。相手の部隊にはルナも居るかもしれないのだ。彼らとは戦いたくはない。
ややあって、リズが推し量るように口を開いた。
「……奪われた兵器というのは、それ程までに大事なものなのでしょうか?」
リズの言葉に、ヴィンターフェルトはああ、と重々しい表情で頷く。
「奴らに奪われた兵器は、連邦軍が技術の粋を結集して開発した、最新鋭の魔術工学兵器だ。絶対に奪還せねばならん」
魔術工学兵器とは、現在、連邦と帝国の二国間においては最も一般化し普及している兵器の総称だ。
通常の銃器や剣などに周囲の魔力を吸収する魔力石を埋め込むことによって、その兵器に魔力付与を施し、火力や貫徹力、剛性など、あらゆる性能を高めるというもの。
魔術工学兵器は今から約二十年前、対〈スタストール〉戦争の際に初めて発明された。通常兵器の効かない〈スタストール〉に対し、連邦と帝国は敗退を続け、防衛線は次々に崩壊し瓦解。両国共に絶対国防圏まで押し込められていた時期だった。
そこで、亡国の瀬戸際に立たされた二国は、起死回生を懸けて魔術工学兵器を共同開発し、量産化した。来たる最後の攻勢に対して、二国は魔術工学兵器に一縷の望みを託したのだ。
結果。それらの行動は大成功に終わった。魔術工学兵器達は〈スタストール〉の大攻勢を粉砕し、それどころか、喪失していた国土の奪還すらも可能にした。
それ以降、対〈スタストール〉戦争が終わったあとも、二国は魔術工学兵器を次々と開発しては、実用化し量産化している。現状、魔術工学については連邦が一歩リードしている状態ではあるが。
おずおずと、レヴの隣に立っていたアルトが、ヴィンターフェルトへと訊ねる。
「その最新鋭の魔術工学兵器とは、いったいどういったもので……?」
「機密事項ゆえ、今は詳しくは教えられん。……ただ。まぁ。そのうち、君達に支給されるとは思う」
え。
今。大佐は、なんて。
呆気にとられるレヴの隣で、アルトが困惑もあらわに口を開く。
「俺達に……、ですか?」
こくりと頷いて、ヴィンターフェルトは微苦笑を浮かべながら続ける。
「現役の魔術特科兵に支給しようにも、機種転換の時間が惜しいと上層部は考えたらしくてな。もっとも、君達には新兵器に対する適性があったし、相応の練度もある。そういった事情で、君達に回ってきたという訳だ。幸い、一部の予備パーツは守り切れたから、今はそれを組み立てて貰っている最中だよ」
押し黙る四人の顔を見て、ヴィンターフェルトは肩を竦めて口元を微かに緩める。
「……と、話が大分逸れたな。では、本題に戻ろうか」
そう言うと、彼は席を立って机に敷かれていた地図へと視線を向けた。自然と、レヴ達の視線もそちらへと向けられる。
「現在、この基地周辺には近隣の駐屯部隊が厳戒態勢を敷いてくれている」
そう言うと、ヴィンターフェルトは基地の周囲に五つの赤線を引いた。ヴィースハイデ基地を包囲する形だ。
「いくら奴らが隠密作戦の精鋭とはいえ、この包囲網だ。発見されずに通過できるとは思えん。必ず何処かを強引に突破してくるはずだ」
こくりと、四人は無言で首肯する。恐らく、前線の防衛線は、南部での攻勢作戦が始まった際、警戒が緩くなったところを通過されたのだろう。しかし、今回は厳戒態勢の、それもいささか部隊数の多すぎる包囲網だ。これを発見されずに突破するのは、まず不可能だろう。
「発見次第、直ぐにこちらへ通報できるようにしておけと各隊には伝えてある」
「てことは、アイツらを発見した後に、私達がこの基地を出る……ってことですか?」
「まぁ、そういうことになるな」
レーナに訊かれて、ヴィンターフェルトは精悍な顔に苦笑を浮かべる。
「得策ではないことは承知の上だ。だが、予測で君達を向かわせて、意表を突かれて追撃ができなければ元も子もない」
予測されるのは西部方面からの突破だが、反逆者の指揮官はそこまで単純な思考はしていないだろう。寧ろ、それを見越して他方面から突破し、迂回してから撤退する可能性もあるのだ。万が一を考えると、これが最善策なのだろう。
向き直ってきたヴィンターフェルトが、いつになく厳しい面持ちでレヴ達を見つめる。
「最優先はもちろん兵器の奪還だ。しかし、もし、奪還が不可能と判断したならば、奴らごと撃破しても構わん」
こくりと、四人は無言で頷く。レヴ達にとって、この作戦が初めての実戦だ。緊張で身体が強ばるのを感じる。
相手が誰であろうと、全力で戦わねば、こちらが――仲間がやられる。そう、ヴィンターフェルトの視線は言外に告げていた。
「……それと、だ。こんな作戦を発令する私が言うのも何だが、今回の作戦は、正直かなり厳しいものだと思う。だから」
一拍置いて。彼は続けた。
「まずは、死ぬな。無理と判断したならば、迷わず退け」
「え?」
思いもしなかった発言に、レヴは無意識に声を漏らす。
これ程の戦力をもってして奪還を画策しているのに、何故、そんな事を言うのか。理解できなかった。
そんなレヴ達の心を見透かしたかのように、ヴィンターフェルトは真剣な口調で告げる。
「君達はとても優秀な魔術特科兵だ。……決して、こんなところで喪っていい人材ではない。将来の連邦軍の為にも」
暫し、沈黙の時間が五人の間には訪れる。遠くで、事後処理を行う士官の怒号が聞こえてきていた。
沈黙を破ったのは、ヴィンターフェルトだ。
「私からの話はこれで以上だ。……何か、質問は?」
「あ、あります」
言うのと同時に、リズが一歩前へと歩み出た。三人の視線が、一気に彼女へと向けられる。
「なんだ、バルツァー少尉」
「これから私達は実戦へと向かう訳ですが……。まだ、部隊名及び指揮官が誰なのかを聞いていません。これでは、作戦実行時に支障が出るかと」
暫し、彼は思案するように目を瞑って。苦い笑みを浮かべた。
「……そうだな。まだ正式にはなっていないとはいえ、君達は今から作戦行動に出るのだ。呼称がないと混乱するか」
すまなかったなと言って、彼は言葉を続ける。
「注意して貰いたいが、今から私の告げる事柄は全て予定だ。今回の襲撃で変更が成される可能性があることは留意して貰いたい」
レヴ達はこくりと、無言で頷く。それを確認したヴィンターフェルトが、こちらを見据えて、告げた。
「君達の所属は、第八一魔術特科大隊だ。部隊総指揮は私が、戦隊総指揮はヴァイゼ大尉が行う」
「え、おれが戦隊長……ですか!?」
「なんだ、不満か?」
にやりと笑いかけてくるヴィンターフェルトに、レヴは慌てて言葉を返す。
「い、いえ、そういう訳ではないです……けど」
「なら、頼んだぞ。ヴァイゼ。……他に、何か質問は」
他に何もないのを確認して、彼は締め括るように告げた。
「……では、各自保管テントで補給を行い、出撃に備えよ。以上、解散!」