ルナ(4)
――爆声。
突然、背後から複数の爆発音が聞こえてきて、ルナは思わず振り返る。そちらに〈ルイン〉は展開していない。いったい、何が。
南の空を睨んだ先、そこから射撃が届いているのにルナは気付く。照準の拡大魔術を向けて――唖然とした。
見えたのは赤髪赤眼の少年に、黒髪に青い瞳の少女だ。二人とも着ているものは帝国軍の土埃色の軍服で。ルナは思わず記憶にある名を口走る。
「――――キース!? レイラ!?」
二人とも、第一三独立特務隊に残っていた数少ない生存者だ。見捨てる覚悟で去っただけに、二人が生きてそこにいるのが信じられなかった。
咄嗟に通信機を起動し、帝国軍の波数へと切り替える。何かを考えるでもなく、ルナは感情のままに声を上げた。
「あ、あなた達、どうして――!?」
どうしてこんなところに。いや、そもそも生きていたのか。色々聞きたいことがありすぎて、咄嗟に言葉が思いつかない。
何を伝えるべきなのか言いあぐねていると、二人は怒鳴るような声音で返してきた。
『話はあと! 今は戦闘に集中して!』
『周りのヤツらは俺らが相手する! ルナ、お前は奥のデカいのを何とかしろ!』
『――え、ええ!』
動揺した様子で返してくるのを、キースは少し呆れつつも笑みをこぼす。
何故、彼女がここに居るのかは分からないが。だが、ルナが生きていてくれた。それが何よりも嬉しかった。
……まさか、ハンドラーはこれを見越してキース達をここへと差し向けたのだろうか。そんな思考が刹那脳裏によぎる。……いや、流石に考えすぎか。
頭を振ってそれを吹き飛ばして、キースは声を張り上げる。
「俺は航空型をやる。レイラ、お前は猟狼型を!」
『りょうかい!』
動きを停止している戦車型はともかく、猟狼型はその機動性を駆使しての跳躍攻撃が危険だ。早めに撃破しておかないと、思考の隙に斬り伏せられかねない。
「……死ぬなよ?」
『そっちこそ。カッコ悪いところ見せないでね』
お互い軽口を叩き合って、そこでキースは通信を切る。二人とも相手も戦域も別なのだ。相互の音声はノイズにしかならない。
それを合図に、レイラは地上へ、キースは更に上空へと離散していく。次、顔を合わせるのは戦闘が終わったあとだ。
再び小銃を構え、ルナを狙う航空型に照準を合わせる。
――もう、誰も失わせない。そう決意して、キースは躊躇無く引き金を引いた。
そこかしこで爆発音と銃声が鳴り響く中を、レヴはほぼ一直線に突撃する。周囲に群がる航空型はルナが全て落としてくれる。自分が叩くのは、せいぜい正面の邪魔な機体ぐらいだ。
眼前に阻む航空型を横薙ぎに一閃し、背後で咲く爆轟が大気を震わせる。それには意識すらもやらず、レヴはただひたすらに正面の白鉄竜を睨み据えていた。
指揮管制型。この軍勢を指揮し、人間を殺戮せんと策を巡らす機械仕掛けの竜。
遂に航空型の大群を脱し、眼前に広がるのは澄み切った冬の大気と指揮管制型だけ。――これなら、やれる。
全開の速度を緩めず、吶喊。その巨躯へと刃を突き立てんと、レヴは剣を構える。
放たれる極太の熱線が真横を通過し、その衝撃波が熱を伴って叩き付けられる。指揮管制型はその呼称の通り、戦闘用として開発されていない。故に、武装はそれだけだ。魔術特科兵にとっては避けるのは容易い。
護衛の航空型はルナが片っ端から撃墜している。戦車型や猟狼型では、この高度まで攻撃は届かない。そして。この距離はレヴの得意距離だ。
――勝った。
その確信がレヴの心を支配しかけた――その時だった。
――がぁん!
耳を劈くような大音響と共に、突撃の速度が止まる。
予期せぬ停止と目を灼く青白い閃光に、レヴは思考が追いつかない。目を眇めて、閃光の隙間から見えてきた光景に絶句した。
「なっ…………!?」
そこには、僅かに見える紫色の障壁が、指揮管制型の装甲となって剣の切先を阻んでいた。それとの対峙点で、閃光は幾度となく明滅しては大音響を轟かせている。
何が起きているのか、全くもって分からなった。
……けれど。ここで退く訳にはいかない。
声の限りに叫んで、レヴは己の全てをその障壁へと突き立てる。蒼白の閃光がより一層周囲へと飛散し、激突が大音響を轟かせる。
瞬間。剣から嫌な音が溢れ落ちるのをレヴは聞く。直後。緋色の刃が粉々に砕け散った。
「っ…………!?」
レヴは驚愕に目を見開く。今、自分が目にした光景が信じられなかった。
――魔力付与の剣が、打ち負けた……?
『レヴ!』
通信機から聞こえてくるルナの叫び声に、レヴははっとする。指揮管制型が熱線を放とうとしているのが見えて、咄嗟にその場を離脱した。直後、元いた場所には極太の熱線が通り過ぎる。そのままの勢いで、地上を直線状に焼き尽くしていた。
一旦ルナの元へと下がって、残った剣の柄を投げ捨てる。悠然と佇む指揮管制型を、烈火の如く睨み付けた。
「あ、あれはいったいなんなんですか……!?」
隣のルナから剣を渡されるのを受け取りながら、レヴは憎々しげに答える。
「おれも分かんないよ。……ただ、おれ一人じゃあれは貫けないことは確かだ」
全力を尽くした突撃ですらも、あの紫の障壁を打ち破るには至らなかった。そして、先程の攻撃を超える火力は、今のレヴには発揮する術がない。
……どうしたものか。周囲警戒をしつつ、策を巡らせている時だった。
「……分かりました。では、次はこうしましょう」
そう言うと、ルナは残ったもう一本の剣を取り出す。ふ、とその視線が指揮管制型へと向いた。
「私とレヴで、同時に障壁を攻撃するんです。二人分の火力と、――それと〈ルイン〉も同時に叩き付ければ、流石にあの障壁も耐え切れないはずです」
「いや、けど……!」
レヴは首を横に振る。
確かに、それならばあの障壁は突破できるかもしれない。……だが。
「航空型の対応については大丈夫です。あの二人が抑えてくれていますから」
そう言うと、ルナは背後をちらりと見やる。釣られるように視線を向けた先、そこには二人の人影が見えた。
容姿や服装こそよく見えないが、彼らの戦いぶりからは練度の高さが伺える。彼らはいったい……?
「キースとレイラ――第一三独立特務隊の生き残りです。航空型は、彼らが抑えてくれます」
ルナがこともなげに言うのを、レヴは複雑な心境で聞く。第一三独立特務隊。〈聖なる夜〉作戦でも共闘したことのある、以前ルナが所属していた部隊だ。
確かに、彼らの腕ならば航空型の軍勢は抑えられるだろう。それを確信できる程に、あの二人は強い。……けれど。
「それでもだめだ! 第一、そんなに魔力を使ったらルナの身体がもたないだろ!?」
ただでさえ今のルナは魔力欠乏症の、それも中期症状を発症しているのだ。これ以上の魔力を大量消費すれば、どんな後遺症が残るかも分からない。
そんな心配も虚しく、ルナは冷然と答える。
「少しの間は動けなくなるかもしれませんが、それだけです。この程度の欠乏症ならば、別に命がなくなる訳じゃあありません」
レヴは苦渋に顔を歪める。
また。こいつは。自分を犠牲にしようと。
返す言葉を言いあぐねていると、不意にルナは笑った。緩く首を傾げて、彼女は穏やかに、けれども確固とした意志の宿る声音でそれを告げる。
「大丈夫です。もう、命を投げ捨てたりはしません」
生きる為に。この苦境を切り抜ける為に。少しばかり無理をするだけだと。死にたいからやる訳ではないのだと。
それを察して、レヴは刹那目を見開いて――一度深く息を吐いた。柔和そうに見えて、一度決めた事は中々曲げない頑固な性格は昔から変わらないようだ。
き、とレヴはルナの瞳を決然と見据える。変えれないのならば、せめて、それだけは言わなければならないから。
「危険だと思ったら、迷わず撤退して」
無言で、ルナはこくりと頷く。どうせ聞いちゃいないが、伝えなければその意思は伝わらないから。少しでも自分を大切にして欲しいという、レヴの祈りみたいなものだ。
ルナが指揮管制型へと向き直る。自然とレヴも同じ方向を見据えていた。
「タイミングはレヴに任せます」
「了解」
短く言い置いて。瞬間。レヴは再び指揮管制型へと突撃を開始した。