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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第七章 持て余す平穏と、加速する憎悪の中で
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持て余す平穏(8)

 兵舎の三階に設置された執務室。そこで、突如副官から呼び出されたヴィンターフェルトは、手渡された書類に目を通していた。

 〈聖なる夜(ザンクト・ナハト)〉作戦にて、ヴァイゼ達が遭遇した〈スタストール〉。それについての報告書の調査結果が、つい先程届いたのだ。


 国軍の分析結果によると、〈聖なる夜(ザンクト・ナハト)〉作戦にて遭遇した〈スタストール〉は各分野において飛躍的な進化が見られているという。

 まず戦術面と戦略面においては、少なくとも十年前のそれとは全く違うと言っていいレベルにまで達しているようだった。各機種同士での連携に、敵の行動を予測しての誘導射撃。そして、自分達に有利な場所での進出行動。


 どれも十年前までは見られなかった知能的な行動だ。殆ど基本的な行動でしかないが、それでも圧倒的な物量と武装にあっては大きな脅威となる。 

 また、各戦域での調査によると、シェーンガーデン以外の地域でも同様に〈スタストール〉の活動は確認されているようだった。


 いずれも小規模部隊だったために撃破には成功しているが……、これで終わるとは到底思えない。むしろ、これからが本番だろう。

 既に内容は把握しているらしい副官が、補足の情報を口頭で付け足してくる。 


「また、帝国に潜入している諜報員からの情報によりますと、あちら側でも同様に〈スタストール〉の行動は確認されているとのことです」

「……片方ずつではなく、一気に二国共々()とすつもりか」


 恐らく、本格的な作戦行動に移る前に、敵がこの十年でどれほどの進歩を遂げているのかを見にきた……といったところだろう。彼らの感覚的には、この程度の戦力では威力偵察ですらもないはずだ。

 もっとも、人類側としてはそれでも戦死者は出るのだから困るのだが。


「ただ。やはりヴァイゼ大尉の言う"死者の声”というのは、現状は判断が難しいようですね。他戦域でも数件報告自体はあるものの、如何せん数が少なすぎます」

「……まぁ、そうだろうな」


 肩を竦めてヴィンターフェルトは苦笑する。事例が極端に少ないとはいえ、ヴァイゼが嘘や出鱈目(デタラメ)を言っていたとも思えない。彼の信用を加味するに、現状は不明、というのが妥当な判断結果だろう。

 少し嫌な予感がするのに首を振って、ヴィンターフェルトは続ける。


「〈スタストール〉についての調査結果はこれで以上かな?」

「はい。調査報告は以上になります。……それと。大佐にはもう一通書類が届いておりまして」

「……あの少女についてか」


 副官は無言で頷く。


「了解した。それには後で目を通しておく」

「……宜しくお願いします」


 他に報告書の類がないことを確認して、ヴィンターフェルトは席を立つ。いつ侵攻が再開されるのかも分からない現状、〈スタストール〉のことについては、早急にヴァイゼ達にも通達しなければならない情報だ。

 そして。いい加減、人間同士で争っている場合でもなくなった。

 少し席を外すと言い置いて。ヴィンターフェルトは書類を持って部屋を出た。




 遠くで戦闘の銃砲聲(じゅうほうせい)が鳴り響く中、レヴはテラスの手すりに腕を置いてぼんやりと空を見上げていた。

 澄み切った冬の空は抜けるような青で、吹き付ける風はとても冷たい。けれど。その冷たさが、今のレヴには心地よかった。


 ――本当に、ルナを助けて良かったのだろうか。


 そんな疑念が、ずっとレヴの脳裏を駆け巡っている。数多(あまた)紅闇種(ルフラール)から恨みを買い、大切な妹を亡くして。生きる意味も失ったルナを。おれはどうすればいいのだろう。


 仲間を――リズを見捨ててまで掴み取ったルナの命は、長くは生きられない運命だった。少なくとも、共に冬を越えることはできないのだろうと、レヴの直感は告げている。

 親友達からの信用を失い、やっと巡り会えたルナとの関係も間もなく終わる。そんな行動に何か意味があったのかと、そう考えてしまう自分も嫌だった。


「こんなところで何をしてるんだ?」


 突然、後ろから声を掛けられて、レヴは振り向く。そこには、鞄を持ったヴィンターフェルトがいた。

 隣に歩み寄って来るのを横目に、レヴは再び手すりに身体を戻して、呟くように答える。


「別に。何かしてたって訳じゃあないですよ。…………ただ。本当にルナを助けて良かったのかなって」


 みんな傷ついて、悲しんで。その代償に得たルナの命すらも、レヴは助けられない。

 分からなかった。生きる意味も価値も亡くしてしまったルナを、本当に助けるべきだったのかどうか。


「何も話せないまま終わるよりかは、良かったんじゃないのか?」

「え?」


 ちらりと視線を向けた先、ヴィンターフェルトは微かに口の端を吊り上げる。


「それともなんだ。お前は何も知らないまま、生き別れていた方が良かったのか?」

「い、いえ! そんなことは、絶対に……!」

「なら、それが答えなんじゃないのか?」

「……!」


 優しく告げられた言葉に、レヴははっとする。

 もし、あの時に互いを知らぬまま殺して、死んでいたら。そもそも、再会しなければ。確かに、お互い幸せだったのかもしれない。けれど。


 相手を知らなかったら。まして死んでしまったら。こうして再び顔を合わせて、会話する事もできなかったのだ。後悔も苦悩も、その人がいると知っているからできること。対話は、お互いが生きているからこそできることだ。


「生きる意味が――価値がないと言うのなら、お前が作ってやればいい」


 一拍置いて。ヴィンターフェルトは穏やかな口調で訊ねてくる。


「大切な人、なのだろう?」


 レヴは頷く。ゆっくりと。その感情を確かめるように。

 そうだ。ルナはずっと一緒にいたい、大切な幼馴染だ。何も知らずに二度と会えないままだなんてことは、嫌だ。そう思ったから、何度も話そうとして。リズを見捨ててまで助けようとしたのだから。


「私も、最大限やれる限りのことはしている。……だから。それまでは、お前が彼女を守れ。バルツァー少尉の死を決して無駄にするな」

「……はい」


 今度は彼の瞳を決然と見据えて答えた。真紅の瞳に、確かな決意の色を宿して。

 憑き物が落ちたような表情で、レヴは笑みを溢して訊ねる。


「それで。大佐はいったい何をしに来たんです?」


 まさか、そんな事を伝える為だけに来た訳でもあるまい。ヴィンターフェルトは鞄から書類の束を取り出すと、それを差し出してきた。


「〈聖なる夜(ザンクト・ナハト)〉作戦で君達が遭遇した〈スタストール〉についての調査結果が先程届いてな。その書類を渡しに来た」


 書類を受け取ると、彼は少し険しい表情をして続けてくる。


「それと。もう一つ、お前には通達しなければならないことがあってな。……クライスト中尉とシュタイナー少尉は、明日から前線での特科兵指揮を担うことになった」

「え……?」


 レヴは驚きに目をまばたかせる。二人ともまだ怪我が完治していないから、戦闘には出られないはずなのだが。

 僅かに眉を(しか)めて、彼は戦場へと視線を振り向ける。


「……人が足りていないのだよ。南部戦線に集中させていた魔術特科兵部隊はその大部分が壊滅し、現在はその立て直しに当たっている状況でな。補充としてここに配属された連中も、本来の訓練を繰り上げて配属された者達だ。少しでも損害を減らす為にも、彼らには動いて貰わねばならない」


 ふ、とレヴへと視線を向けて。ヴィンターフェルトは自嘲気味に呟いた。


「……もういい加減終わらせないとならないのだがな。こんな、無意味な戦争なぞ」

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