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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第七章 持て余す平穏と、加速する憎悪の中で
40/50

持て余す平穏(7)

 こんこん、と扉をノックする音がして、ルナは反射的に返事を返す。どうぞ、と言うと、入ってきたのは一人の少女だった。

 レヴと同じ濡羽(ぬれは)色の黒髪に、なにか確固とした意志の灯った真紅の双眸。……たしか、この少女の名は。


「……シュタイナー少尉、でしたっけ」

「……よく覚えてるわね」


 少し意外そうな表情をして、少尉はルナの顔を見つめてくる。――昨日、拳銃を持って部屋に来た時とは随分と違う雰囲気を纏っていた。

 昨夜にみせた圧倒的な殺意は面影すらもなく、彼女が纏うのは可憐な愛嬌と、それとは異なる堅固な決意の佇まい。身構えていたのを少し緩めると、それを感じ取ったらしい。彼女は歯切れの悪い笑顔を向けてきた。


「そんなに警戒しないでよ。ほら、今の私、何も持ってないでしょ?」


 証明するように両手を拡げるのを、ルナは見る。無理に平然を装っているのは明らかだった。

 それきり言葉は途切れて、二人の間には気まずい空気が渦巻く。お互いかける言葉を言いあぐねていると、不意に少尉は笑みを消して、消え入りそうな声で呟いた。


「えっと……、その。ごめんなさい」


 そう言って頭を下げてくるのに、ルナはえと目を見開く。

 何故謝られているのか、咄嗟に理解できなかった。


「昨日は……その。色々あって、感情が抑え切れなくて。それで、あんな事しちゃって。ほんとに、ごめんなさい」 

「そ、そんな。謝らないでください」


 謝罪を紡ぐ少尉に、ルナは慌てて制止の言葉をかける。そろそろと振り上げられた瞳を真摯に見つめて、ルナは続けた。


「貴女には私を討つ権利も、理由もあるんです。謝ることなんて、何一つありませんよ」


 私は帝国軍人で、彼女は連邦軍人だ。それだけで私達には相互に討つ権利を有しているし、理由にもなる。それに。


「……バルツァー少尉と貴女は、仲の良い間柄だったのでしょう?」

「え?」


 驚嘆に少尉の瞳が揺れる。ふ、と、耐え切れず視線を逸らした。


「少しだけの関係ではありましたが。あの僅かな間だけでも、貴女達の仲の良さは伝わって来ていましたから」


 そう。ルナが討ったのは、他でもない彼女の友達だ。それも、一目見ただけでも親友と分かるほどの間柄の。

 込み上げてくるのを何とか押し止めて、ルナはベッドに座ったまま頭を下げる。まだ立ち上がることはできないから、これが今できる最大限の誠意と謝罪の形だった。


「こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした。謝って済む問題ではないことは承知しています。ですが、」




「やめて」


 ばっと視線を向けられて、続くであろう言葉をレーナはあえて突き放すような声色で遮る。


「それ以上は言っちゃ駄目だよ。絶対に」

「……すみません」


 あからさまにしょげ返るのを見て少し心が痛むが、まぁ、仕方ない。

 折角生き延びた命なのだから、それを無下にして欲しくはない。まして、リズの命を奪って得た命なのだから。

 緊張を和らげるように、なるべく穏やかな声音をつくってレーナは言う。


「私は、大尉に恨み辛みを言いに来た訳じゃないの」


 ましてや。彼女を殺すために来た訳でもないのだ。

 今。レーナがここに来たのは、しなければならないことがあるから。そして。それは。()()()()()()()()と対等ではなければできないことだ。そして。その為には。決して、彼女に後に続く言葉を言わせてはならなかった。

 小さく息を吸って、吐く。再び大尉の瞳を見据えて、レーナは告げた。


「私は。貴女とお話がしたくて来たの」

「お話し…………?」


 首を傾げてくるのを、レーナはうんと言って首肯する。

 話す。簡単そうに見えるけれど、もしかすればこの世で一番難しいかもしれないことだ。

 相手と言葉を交わして、相手を知って、理解する。とても単純で、けれどもとても難しいこと。


 けれど。それを放棄してしまったら、何も変わらないから。知らなければ、何が大切で、守らなければならないのかも分からないから。

 ……それに。レヴが大切な人だと言った目の前の少女を、レーナは知りたいと思った。

 振り上げられた真朱の瞳を見つめながら、レーナはふっと笑みを零して続ける。


「貴女がなんで帝国軍に入って、レヴと戦ってまで帝国軍に居続けたのか。それを、聞かせてほしいの」




 ベッドに座る大尉の(そば)で、レーナは椅子に座ってその独白に真摯に耳を傾ける。

 彼女の話す帝国での暮らしとこれまでの経緯は、想像を絶するほどに過酷で悲惨なもので。レーナは口を開く気にすらもなれなかった。


 四年前に突如として両親が目の前で射殺され、紅闇種(ルフラール)だと看做(みな)された大尉とその妹は強制収容所へと送られたということ。そして、そこで生きる為には、帝国軍に志願するしか道がなかったということ。

 三ヶ月前のヴィースハイデ基地襲撃作戦で、幼馴染のレヴと六年越しの再会を果たしたということ。


 大尉が帝国軍として戦い続ける限り、妹には安全が約束されていたはずだったということ。けれど。帝国軍はその約束すらも反故にして妹を徴兵したということ。

 ……そして。先の連邦首都侵攻作戦で、大尉の妹は戦死したということ。


 その、全ての話を聞き終えて。レーナは、沸き立つ激情のままに大尉の胸ぐらを思い切り掴んでいた。

 何か込み上げてくるものを感じながら、レーナは叫ぶ。


「姉なら、何をしてでも守るべきでしょう!?」


 たとえ己の命を投げ打ってでも、上層部に逆らってでも。姉ならば、妹は守らなければならない存在のはずだ。

 レーナは守れなかった。四年前のあの時、レーナは無力だったから。けれど。大尉には守る力があったはずなのに。

 くしゃりと顔を歪めて、大尉は呻くように言葉を洩らす。


「私だって、守りたかった……! ステラをあんな作戦に参加させたくなんてなかった!」

「なら、なんで!?」


 が、とレーナは掴んだ腕を上げる。そんな顔をするぐらいなら、最初からあんな兵器に妹を乗せなければ良かったのだ。

 大尉ほどの能力(ちから)があれば、そのぐらいはできたはずだ。

 涙を必死に抑えた真朱の双眸が、至近でレーナに向けられる。その光景は少し揺れていた。


聖誕祭(クリスマス)の作戦から帰ってきた時には、もう全部が遅かったんです!! ステラは既に軍に徴用されてて、もう基地には居なかった! ステラは、あの兵器に乗る以外には選択肢がなかったんです!」

「なっ……!?」


 激情と共に吐き出された事実に、レーナは絶句する。

 ……その選択肢すらも、彼女達にはなかったというのか?


「だから、せめて最後まで守り抜こうと、そう思って私もあの作戦に志願して。……だけど、結局守ることすらもできなくて……!」


 結果。ステラは死に、レヴには生涯消えることのない罪の意識を植え付けてしまった。挙句、よりにもよってルナだけが生き残ってしまったのだ。誰も守れなくて、助けられなくて。たくさんの人を殺しただけの私が。

 そんな大尉の発露に、レーナは何も言えなかった。


 何故、自分だけが生き残ってしまっているのだろうと。何故、まだ生きているのだろうと。そんな絶望が今の彼女の全てなのだと、レーナは直感で分かってしまった。

 そして。その辛さが全て分かるからこそ、レーナは胸に渦巻くそのどうしようもない激情を小さく吐き出す。


「……なによ、それ…………!?」

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