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終末世界で始まる二人の聖戦  作者: 暁天花
第七章 持て余す平穏と、加速する憎悪の中で
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持て余す平穏(4)

 気が付くと、ルナは平原の中に居た。

 空は澄み渡る(あお)色で、優しく吹く風はほんのり暖かくて心地よい。聞き慣れた戦場の大音響は見る影もなく、耳に届くのは風に揺れる草の葉の音だけだった。

 平穏そのものの光景と風音に、ルナは戸惑う。

 いったい、ここはどこなんだ。


 先程まで、自分は寒い夜の空に居たはずで。吹き付ける白雪のなかで、レヴと対峙していたはずなのに。

 辺りを見回しても、あるのは新緑の草原と、割れるような青色の蒼穹(そら)だけで。その他には何もない。ただ、平穏そのものだけがその空間を埋め尽くしていた。


「お姉ちゃん」


 突然、聞き慣れた少女の声が聞こえてきて、ルナは咄嗟に視線を前へと向ける。見えた姿に、目を見開いた。

 幼い女の子に特有の、少し舌っ足らずの甘い声。ルナと同じ月白(げっぱく)の銀髪をワンサイドアップに纏め、(あか)(あお)のオッドアイが特徴的な目の前の少女は。


「ステ……ラ……?」


 ぽつりと、その名を呼ぶ声が溢れ出る。

 ステラ。私の全てを賭して守ろうとして、守れなかった。唯一の家族で、最愛の妹の。

 手を伸ばした先、ステラはにこりと無垢な笑顔を向けてくる。


「ありがとう。ずっと守ってくれて」


 その言葉に、ルナは目を伏せる。

 違う。私は貴女を守れなかった。辛い事をさせて、その末に貴女を死なせてしまった。守ると約束したのに。

 そんな事を言われる資格は、私にはない。


「ずっと大好きだよ。お姉ちゃん」

「え……?」


 その言葉に何か違和感を感じて、ルナは伏せていた顔を上げる。すると、そこには背を向けるステラの姿があった。

 ――とても、嫌な予感がした。


「ま、待って……!?」


 ルナはステラを追いかけようと足を踏み出す。しかし、数歩走ったところでそれは叶わないのだと悟った。

 いつの間にか、二人の間には大きな崖ができていたのだ。

 覗き込んで見ても底は圧倒的な暗闇で、見えない。その幅は、絶対に越えられないと直感が告げていた。


 飛び越えれそうで、けれども絶対に届かない。生と死の境界線。

 ステラは立ち止まらない。小さな身体はどんどん視界から遠ざかっていく。光の中に消えていく。 


「ステラ……!?」


 ルナの叫びも、ステラを留まらせるには至らない。

 視界が(しろ)く焼けていく。新緑の草原も、冴えるような蒼色の空も、何もかもが見えなくなっていく。

 意識が急速に遠ざかる、その直前。ルナは嗚咽交じりに叫んだ。




「おいてかないで――――!」


 自分の声で、目が覚めた。

 涙で滲む視界に映るのは新緑の草原でもなければ、冴えるような蒼穹(そら)でもない。知らない、綺麗な白色の天井だった。


 天を仰ぐ自分の腕には包帯が丁寧に巻かれていて。少なくとも、ここが帝国軍の基地では無い事は明白だ。最後の記憶の状況から考えるに……、ここは連邦軍の収容所といったところだろうか。もっとも、連邦は捕虜を取ったりはしないから、この先に禄なことはないのだろうけれど。

 まぁ。それももう、どうでもいい。

 ステラを守れなかった自分など、生きる価値も意味もないのだから。


「良かった。生きてた……!」


 突然、涙ぐんだ声が聞こえてきて、ルナはふらりと声の元へと視線を向ける。そこには、一人の少年が心配そうにルナのことを見下ろしていた。

 今は左眼を包帯で覆った真紅の双眸に、濡羽(ぬれは)色の黒髪。少女のような白皙(はくせき)の肌に、相変わず首に提げられた鍵状の月長石(ムーンストーン)のペンダント。

 その姿に、ルナは言い様のない激情が込み上げてくる。

 ――レヴ。ルナから大切な妹を奪った、その張本人。


「う……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 思考よりも先に身体が動いていた。

 彼がステラを殺した。私の唯一の生きる意味だったものを、彼は目の前で奪った。――復讐を。ステラを殺した、その報いを。

 憤怒と悲嘆に()き動かされるままに、ルナは彼の首筋へと腕を伸ばす。

 けれど。その激情は身体中に走る激痛によって瞬時に掻き消される。

 傷の開く感覚と共に全身の力が抜けていき、伸ばした腕は彼の首には至らずにそのまま落ちていく。中途半端に起き上がった体はふらりと傾いて、レヴの胸元へと落ちていった。


「ル……ナ……?」


 頭上でレヴが困惑げに呟くのを、ルナはぐちゃぐちゃの感情で聞く。妹の仇すら討てない自分の無力と、憎悪のままに大切な幼馴染を本気で殺そうとした自分。憤怒と悲嘆と、そして憎悪と。その全てがルナの中で滅茶苦茶に混ざり合っていて、何をどう吐露すればいいのかも分からない。 

 嗚咽が漏れ出る口で、ルナはそのどうしようもない感情をそのまま吐き出す。 


「なんで……! なんで貴方がステラを……!?」


 なんで。よりにもよってレヴが。ステラを。

 彼じゃなければ、こんなにも討つのを躊躇いはしなかったのに。気持ちが揺らぐこともなかったのに。なのに。


「は……? ステラ……? 君は何を言って――」


 戸惑いを含んだ彼の声に、ルナはかっとなる。とめどなく流れ落ちる激情を、そのまま叩き付けた。




「あれにはステラが乗ってたのよ!? なのに、なんで……!」

「え……?」


 悲痛に叫ばれた事実に、レヴは呆然とする。

 振り向けられた真朱の瞳には、深い絶望と悲嘆の色が滲んでいた。

 ステラ。ルナと同じ月白(げっぱく)の銀髪に、赤と青のオッドアイが特徴的な彼女の妹の名だ。レヴの妹とも仲が良くて、いつも一緒に居たから覚えている。

 四年前に両親を喪ったルナにとっては、唯一の家族で。大切な人だったはずなのに。だから。守らなければと思って戦っていたはずなのに。

 なのに。


「おれが……ステラを……?」


 それを。相手は敵だと、殺戮の使徒だと。ただ憎悪と義憤のままに剣を振るって、コクピットに刃を突き立てて。搭乗者の事など考えもしないで〈破壊者(ツェアシュテール)〉諸共撃破した。

 間違いない。おれが、ステラを殺した。ルナの大切な妹を、家族を。他でもないレヴが殺した。

 胸元で嗚咽を漏らして泣き崩れるルナを、レヴは見つめる。

 おれは。なんて事を。

 また。おれはどうしようもない間違いを。取り返しのつかないことを。

 脳裏に甦るのは、四年前の記憶だ。両親を一瞬にして喪って、苦痛の中のシャロを見捨てて逃げた時の。


 変えられない、二度と取り戻せない過去。どうしようもない事実。

 もう、あんな事は二度と起こしてはならないと思って。大切な人を守る力が欲しいと、今度こそ守ってみせると誓って、軍に入隊したのに。なのに。

 結果が、これか。


 大切な人を守るどころか、傷つけて。あまつさえ彼女が自分の命よりも大事にしていたであろう妹を、レヴが奪った。同じ思いを、よりにもよって大切な人にさせてしまった。

 その事実に気付いて、レヴは茫然となる。

 こんなことのために、おれは戦ってたのか……?

 突然、扉が開かれる音がして、レヴはそちらに目を向ける。

 そこには、涙を湛えながらも据わった紅色(あかいろ)を灯したレーナが立っていた。右手には、一丁の制式拳銃が握られていて。レヴははっとする。


「リズがいないのに……、なんで白藍種(アルブラール)がこんなところにいるのよ!?」


 憎悪のままにレーナは叫び、拳銃を振り上げる。その銃口がリズに向いているのに気付いて、咄嗟に庇うように席を立った。

 身体の軋むのを押し殺して、レヴは二人の間に割り込む。レーナはひゅ、と息を飲んで――瞬間、瞳孔が見開かれた。


「なんで庇うの!? そいつは街を幾つも焼いて、たくさんの人を殺して、お父さんとお母さんも殺して……、リズも殺した白藍種(アルブラール)なんだよ!?」


 泣き叫ぶレーナに、レヴは何も言わなかった。言えなかった。

 全部。その通りだから。ルナが守ったステラと――〈破壊者(ツェアシュテール)〉のために、大勢の民間人が死んだ。ヴォルフハイムに居たレーナの両親も死んだ。――そして。リズが死んだ。


「なのに……、なんでそいつが生きてるのよ!? リズはもういないのに!」


 レヴは苦しげに目を細める。レーナの叫喚と涙に濡れる瞳には、圧倒的なまでの絶望と悲嘆と憎悪が入り交じっていた。


「あ、あの……?」


 ルナがレヴの後ろからその月白(げっぱく)の髪と真朱の双眸を覗かせるのを、レーナは見る。

 瞬間。レヴは身体が痛むのも忘れてレーナへと駆け出していた。間一髪彼女の腕を取り、全速力で射線をずらす。

 直後。銃声が部屋に鳴り響いた。

 その弾丸はルナの頬を掠め、窓を打ち破って雪の舞う宵闇へと消えていく。


「う……、あぁぁ………………!」


 レーナの身体から力が抜けていく。腕を離すと、彼女はその場にへたりこんだ。

 両親も喪って、親友すらも喪った。そんなレーナに、レヴは何も言い返せない。けれど。


「この子は……、」


 ルナは。この少女は。


「おれの大切な人なんだっ……!」


 呻くように叫んだきり、その場には異様な静寂の時間が訪れる。割れた窓から極寒の空気が入り込み、レヴ達の思考を否応なしに冷却させる。ふと、扉の外に来ていたアルトに気付いて、はっとした。

 今。おれはなにを。


「…………また、来る」


 それだけ言うと、彼は泣き崩れるレーナの手を引いて部屋を去っていく。


「あ、あの。これは……、」


 何か言わなければと思って、レヴはしどろもどろになりながら声を掛ける。振り返る黒色の瞳に、息を呑んだ。

 漆黒の中に燃える憎悪の炎が、レヴの真紅の瞳を見つめ返していた。


「今、お前とまともに話せる自信がない。後にしてくれ」


 言い置いて。彼はレーナと共に部屋を去っていった。 

 それを見送って。レヴはふっと全身から力が抜けるような感覚を覚える。

 リズが死んでみんな悲しいのに。その気持ちを受け入れるのに精一杯なのに。それなのに、おれは。


「…………何やってんだ。おれ」




 アルトに促されるままにレヴ達の部屋を出て、少し歩いた先。レーナはぽつりと呟くように声を()らす。


「…………なによ。あれ」


 あの少女の容姿は一度見た事がある。紅闇種(ルフラール)みたいな真っ赤な瞳に、けれどもやはり白藍種(アルブラール)だと分かる銀色の髪。

 十二月二十五日。聖誕祭の日。〈聖なる夜(ザンクト・ナハト)〉作戦の際に共闘した、帝国軍部隊の戦隊長だ。〈白い悪魔(ヴァイサートイフェル)〉と畏怖される、討伐賞金の掛けられた有名な帝国軍兵士。

 妙に連携が完璧だったから、少し違和感を覚えてはいたけれど。

 まさか、そんな人が大切な人だなんて。

 そんなの。



 私は、どう受け止めれば良いんだろう…………?

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